憧れの先輩について
「大先輩の私になんでも聞きたまえ」
そして猫がふんぞりかえるスタンプ。
彼女との膨大な量のトーク履歴を上限まで遡ってみる。初めて話していたメッセージが、これだった。
なにやら恋仲っぽい書き口だが、残念ながら今回はそうではない。あまりにもプラトニックで、何色と言えばいいんだろう─大概、色恋といえばピンクと相場は決まっているが、友情の色とはこれいかに。まあオレンジかな?今僕が着ているセーターもオレンジだし、我が家の飼い犬の名前は「みかん」だし。それでいいや───
男女間に友情が存在するか?
実に使い古された疑問律だが、最近僕の大好きな「終わっている」YouTube動画投稿者が「いや、それは成立するだろ。お前ウブだな?」と言っていた。
だからと言って、このクエスチョンマークをピリオドにすり替える気はない。人によるだろうし。いやはや逃げだなこの答えは。
ーーー
彼女は名字で呼ばれるのを好む、というか名字以外で彼女を呼んでいる人を見たことが無かった。男女問わずである。女子大学生という属性にしては珍しい気がする。僕の見る世界が狭過ぎるだけで、実はそんなことないんだろうか。
だって普通、ワンチャン狙い後輩男(年下)とかは名前で呼びそうなものじゃないか。「(下の名前)さぁん」みたいな感じで。うわ〜甘ったるい声。頭を抱えたくなる。あ、これは僕の大好きな友達のことを言っているわけではない。決して。いや〜応援してたんだけれどな。
僕も例に倣って、彼女のことは名字さん、と呼ぶことにした。
最初はさほど仲もよくなかったし。
サバサバしているという言葉があるが、彼女の場合「サバサバするように努力している」「努力するうちに、本当にそういう対応が自然に取れるようになった」という感じがした。
というか、サバサバって変な言葉だな。調べると「爽やか」とか「さっぱり」とかが近くにある言葉らしい。へ〜。確かにスダチみたいな感じするもんね。しないか。いやするかな?スダチそばが置いてる蕎麦屋さんは滅多にない。うーん。大好きだ。
彼女は僕の先輩にあたる。けれど、本当に失礼な物言いだが、
僕は彼女を「先輩である」として扱おうとしたことがほぼない。
基本的に僕は縦社会で今まで生きてきた。
柔道界にしても、男子校にしても、先人、先輩の言うことは絶対で、それに従わないなどもっての外で、なんなら同じ目線で立つことさえ憚られる。いくら仲が良くても確実に段差はあって、そのさを縮めようとすることは悪。そんな世界でしか、息をしたことが無かった。
でも、彼女は。
彼女は、まず階段を降りるのだ。
そうして、踊り場で話そうとする。時に同じ方向を向いて、時に向かい合って。
だから、僕は彼女と普通の友達になれたらどれだけいいだろう、とそう思ったのだ。
「なんもできませーんみたいなフリするんよ」
彼女は、僕の所属する団体の𝐍𝐨.𝟐であった。言わば、外から見ればそこそこの「お偉いさん」である。敢えて軽く、文を紡ぐことにする。
だから、それっぽいこともたくさんしていた。
全体の集会があれば前に立つのは常に彼女で、壇上とはつまり矢面でもある。
目立つということは、少なからず嫌われるということである。
アンチが居ない人気者など、人気者ではない。大いなる力で何か為せば、どこかに角は立つ。桃太郎だって鬼から見れば大悪人だ。だから、たぶん、僕は知らないけれど、最初は色々言われてはいたんだと思う。思うが。
なんと身内に愛される先輩だったことか。
彼女は数ある「それっぽいこと」の1つとしてほぼ無差別に人を選んで「動画を撮る」ということをしていた。
ふつう、適当に人を選べば、数名はやる気のないというか、なんと言うのだろう「どうでもいいけどなあ」みたいな参加者だっているはずなのだ。
その夜、例の友達の家で彼女が作成してInstagramに共有された動画を一気に見てみた。何人映っていたかなど最早数えられないくらいの量だった。まさに「点線ストーリー」そのものである。
思わず目を見開いて、そう高くもない天井を仰いだ。
ストーリーに映る全員がノリノリで。全員が嬉しそうで。体全体で「あなたのためならやりますよ」を目一杯表現しているみたいだった。
これほどまでに。これほどまでに、愛されているか。
僕はとにかく彼女の前任の先輩が好きで、大学生はよく「超える」「越えられない」みたいな話をしがちである。実にくだらないなと思うし、どうでもいいだろとも思う。でも、それが学生なのだし、学生気分の大人だって世の中いっぱいいるし、僕もアホなので、ちょっとだけ言及してみたい。
大前提として、比べるものではない。比べるものではないし、彼のようになりたいと思った1年前の僕もいるわけだが。
最早、あなたは僕にとって。
あなたみたいな先輩になりたいと思った今の僕がいるのも事実であって、ちゃんとそういう後輩はたくさんいるんだと、声を張り上げておきたい。
紛れもなく、僕の憧れの先輩だ。あなたは。
2年前くらいか。懐かしい会話を思い出す。
─後輩で尊敬したん初めてやわ。
いやいや。さほどまだ仲も良くなかったはずの時に、そう臆面もなく言い放てるあなたを、僕は心から尊敬しているのだ。
愛をこめて。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?