解釈の多面性

今までどうにかなってきたし

きっとこれからもそうだろう


そんな甘いことを考えていて

ふと気が付いた

どうにかなって

きたわけではなく

どうにかして

きたのではないかと


何か起こったとき

誰もがその状況を

良い方に変えようと

必死になり

ムキになり

その壁にぶつかっていく

そして

周りの助けもあり

壁を乗り越えてきた

だとしたらそれは

どうにかしてきたと

そう解釈するべきではないか


だからこの先だって

どうにかなっていくとしても

きっとどこかで

どうにかしていくのだろう

どうにかしてもらって

いくこともあるのだろう


結局

立ち向かう自分の姿が

今までにもあり

これからにもあり

助けてもらっている

自分の姿が

今までにもあり

これからにもある


もしそうだとしたら

問題に直面した時に

乗り越えようとする

その姿勢と強さを

気が付かないところで

助けてくれている人達への

感謝の心と慈愛の心を

決して忘れてはいけない


そう思わないか

未来の自分

過去の自分


少なくとも

今の自分は

そう思っている

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昔の詩を今日もお届けします☆

この詩を読んで昔を思い返すと、改めて出会う人には恵まれていたなと感じます。全員…てわけではないけれど、その時その時で信頼できる人は少なからずいたなとふと気付きました。

気付かないところで助けてもらっていたり、手を差し伸べてくれて、心を許し笑い合える人が近くにいてくれた気がします。

遠くに行ってしまった人も離れてしまった人もいるけど、今も近くには心から信頼できる人が、笑い合える仲間がいます。

感謝の気持ちを言葉にする機会はほとんど無いけど、自分と同じ気持ちなら嬉しいな。

どうにかしていくのだろうと漠然と考えていたようですが、どうにかならないこともたくさんあった気がします。人一人の力なんてたかが知れてますから。

乗り越えられなかった壁だっていくつもありました。その度に道を外れ、道無き道を進まざるを得ないときも、もう全てを諦めてしまおうかとも何度も思いました。

でも決まって自分の傍には支えてくれる人がいました。独りならもう居なかったかも知れない自分を温かく力強く支えてくれた仲間には本当に感謝しています。

過去の自分よ、将来の自分はそう思っているよ。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました☆

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