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祖父の紫陽花

母方の祖父は、小さいながらも思いの詰まった庭園をこさえていた。手作りの遊歩道がぐるりと巡り、両脇に様々な花木が植っていた。奥には鯉が泳ぐ池があり、立派なカエルがゲコゲコ鳴いていた。
背の高いサワラに囲まれた小さな庭は、秘密めいた楽園だった。

庭木や草花の名前を教えてくれたけど、私はちっとも覚えられず、唯一覚えたのがアジサイ。この庭にあったのは青と紫が混ざり合った色合いで、透き通っていた。祖父は「透き通ってなんかいないよ」と言ったけど、私の目には透き通っているように見えたのだった。とてもきれいだった。

両親が家を建てて引っ越した時に、庭にアジサイをプレゼントしてくれた。「ベニコが好きだから」と。祖父が手ずから株分けしてくれたものだ。
アジサイが一番好きな花というわけではなかったけれど、祖父の庭にあったアジサイが特別だったのは確かだ。

しかしやって来たものは同じ色にはならなかった。似てるけど、ほとんど同じ色だけど、透明感がない。だけどみんなは「同じ色だ」と言って取り合ってくれなかった。



月日が経って、私の夫が家を建てた。あれこれ要望は特になかった。たったひとつを除いては。
私が出した、だだひとつの要望は「木が1本植えられるスペースが欲しい。そこへおじいちゃんのアジサイを植えさせて欲しい。」だ。

遠く弘前の家から株分けされたアジサイが届き、庭の片隅に植えさせてもらった。

「ようこそ、おじいちゃん。」

はるばるやってきてくれたアジサイは、私にとって亡き祖父だ。
祖父の家は、今は更地になっている。でもアジサイは両親の家を経て、ここに受け継がれている。


朝、カーテンを開けて挨拶をする。
「おはよう、おじいちゃん。」
何か出来事があると挨拶がてら報告してきた。
猫くんがいた時は、一緒に並んで挨拶していた。(ニャルソックしていただけかもしれない)


今、猫くんはこの木の隣に眠っている。娘たちが指定した場所だ。たしか祖父は猫が苦手だったような気がするけど・・まあ、いいか。

「かわいがってあげてください。」
と、お願いはしてある。


ここにあるアジサイも、やっぱり透き通ってはいない。



おじいちゃんはあの庭園で、どんな魔法をかけていたんだろう?



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