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ヨーグルトから日本酒代用調味料「RYOURI PON」を開発した話 ~あるいは食オタクの黒歴史~

 私は食べる事が大好きである。
 食べると言うことは人生の中で数少ない真の喜びの一つとすら思っている。
 なにせお金があればお金があるなりの、ないならばないなりの、知恵や技術があればあるなりの、ないならばないなりの・・・と言ったように幅が広い幸せが「食」にはあるからだ。
 その中でも自国はもちろん、他国や他文化の料理を楽しむことはこれまたいつもの「食」と変わる喜びがある。
 私は某国擬人化マンガの大ファンな事もあり、そのマンガのキャラクターの国や文化の料理を食べることはオタクとしての喜びと共に世界を知る眼鏡の一つのようにも感じている。

 しかしその分、国や文化の違いが食に大きな影響を及ぼしていることも理解している。

 例えばヒンズー教の文化圏では牛を含めあまり獣肉を取ることを教義的に良しとしていないし、イスラム教の文化圏では「禁じられている」ということをハラムと呼びそれは豚やアルコールなどを食べることを禁じている。

 それを踏まえ各国の美味しい料理を食べると
「よく酒やお肉を使わないでこんな美味しい料理が出来るものだ。」
と考えると共に
「なんでもかんでも気軽に日本食をオススメはできないのだな・・・」
とも思う。

 日本の国菌とも言われ、日本酒はおろか醤油や味噌、酢までを作ってくれるアスペルギルスオリゼーはその特性からどうしても発酵時にアルコールを発生させてしまう。
 そのためアルコールが禁じられている国やアルコールアレルギーのある人はハラル(許されているという意味)であると証明されている醤油や味噌などを利用している。
 各社ともにすごい企業努力の結果、ハラル認証の調味料は増えている。

 しかし反面「日本酒」「料理酒」だけはどこの会社も出していない。
 当たり前と言えば当たり前だ。アルコールがあってこそ酒なのである。

 だが料理をする人からすれば「日本酒」「料理酒」が使えない和食というのはひと味、いやふた味くらい物足りないのである。
 たぶん細かな色々な味がないこととコクが足りないのだと思う。
 また「日本酒」「料理酒」が使えないことにより「みりん」も使えないのである。(みりん風調味料はある)

 だからもしアルコールがダメな人やイスラム教徒の人には分かりやすい和食というのは出せないものになってしまう。

 日本のアニメは様々な国に輸出され、イスラム教圏にも輸出されている。イラクでは国民的アニメといえば「グレンダイザー」だったりもする。

 そういう日本のアニメを見て、そのキャラクターが美味しそうに食べる鶏の照り焼きや牛丼を見て
「自分も食べたい!」
と思っても宗教上の理由で食べることの出来ないオタクがいるかもしれない。
 いや、きっといるだろう。
 こういう同志を見捨てては日本産オタクとしての名が廃る。

 大酒飲みで「日本酒」の特性の分かる料理好きなオタクがノンアルコールの日本酒代用の調味料を作ってみようと思い立ったのである。これは酒が飲める文化の大酒をかっくらうオタクがやるべき仕事なのだ。

 まずは日本酒をゆっくりと飲み分析した。好きで飲んでいるわけで無い、分析のためである。

 その結果、日本酒は

 酸味>うま味>甘味>苦味

 4つの味がこんな量で構成されていることに気が付いた。
 そしてこれにアルコールの刺激があるのである。

 また日本酒を調べると「うま味」を示すアミノ酸の量がワインやビールなどと比べても格段に多いことも分かった。
 特に昆布などに含まれるグルタミン酸はアミノ酸系であり味が似ていることも分かった。
 確かにグルタミン酸の多いとされる昆布はもちろん、トマトや椎茸、魚介などは日本酒との相性は最高だ。

 次に調べたのは「アルコールの特性」である。
 なぜ私たちが料理に日本酒やアルコールを使いたがるのか、なぜ代用品が出来ないのかを調べたところ「phが重要である」と言うことが分かった。
 日本酒の多くはph4ぐらいの酸性である。対して肉類はアルカリ性に傾いている。
 肉類の保湿性が高くなるのは中性あたりらしい。保湿性を高めると柔らかくふっくらとした仕上がりになる。
 酒の弱酸性は肉類をほどよく中性に戻すには適したphなのだ。

 なるほど、ここまで分かれば後はそれに適した食材を選べば酒の味にはならないが酒の代替調味料は出来るはずだ。


 そして目をつけたのが「ヨーグルト」である。


 ヨーグルトはph4程度の酸性であり、酸味もある。肉を柔らかくする方法で古くから「ヨーグルトにつける」という方法もある。
 これは使える。しかしヨーグルト自体では少々さっぱり感に欠ける。ヨーグルトの持つ微量な脂肪やタンパク質がどうやら邪魔なのだ。
 そこで考えたのがヨーグルトからの浸出液である「ホエー」を使うことだった。

 これは大成功だった。それ自体は酒の味とはほど遠い。ほど遠いのだが酒の代わりに使うとなかなか便利だった。

 私はこれを日本酒の俗称であるポン酒とかけて「RYOURI PON(リョウリポン)」と名付けた。

 以下がリョウリポンのレシピである。

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材料 ヨーグルト 200g
   昆布  15cm
   鰹節  30g
   紅茶  ティーバック1個
   塩   3g
   蜂蜜  5g 
  (グラニュー糖でも可)

作り方
 1 ヨーグルトをキッチンペーパーをひいたざるの上に空ける。
   その下にホエーを取るためのボウルなどの容器を置いておく。
   明治ブルガリアヨーグルトのパックが400gなのでだいたい半量とすると良い。

 2 冷蔵庫で8時間以上、一晩を目安においておくと100g程度のホエーが取れる。
   残った水切りヨーグルトはジャムやメープルシロップと一緒に食べると美味しい。

 3 昆布を3リットルの水に3時間以上つける。
   ホエーと一緒に準備しておくと良い。

 4 時間をおいた昆布水を沸かす。
   沸騰したら30gの鰹節を入れ、中火で3分沸かす。

 5 ザル等を使い鰹節と昆布を取り除く。これで出汁は完成。
   100gほど利用する。
   鰹節と昆布が手に入らない場合は塩味の付いていない野菜ブイヨンを使うとよい。
   塩味の付いてない顆粒の出汁の素を溶いたものでも可。

 6 ティーバックの紅茶に100gのお湯を注ぎ、長めにつける。
   わざと濃く、苦く抽出する。
   そこから20gを利用する。

 7 ホエー100g、出汁100g、紅茶20g、塩3g、蜂蜜5gを混ぜる。

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 これにてリョウリポン完成である。

 これ自体は日本酒とはかけ離れた味で正直美味しい物ではないのだが、料理の際の調味料として使うとなかなか美味しく化ける。

 ちなみにリョウリポン30gに10gのグラニュー糖を入れることでみりんの代用にもなる。これを便宜上「リョウリポンみりん」とも呼んでいる。


 以下が日本酒とリョウリポンで作り比べた鶏の照り焼きである。


 30mlのリョウリポン、30mlのリョウリポンみりん、しょうゆ30ml、砂糖9g、ショウガのすりおろし少々を混ぜたタレに2時間ほど漬け込み、焼いたものである。

 もう片方は同量の分量で日本酒、みりんに変えたものである。

 ぱっと見、見分けが付かないくらい美味しい照りが出来ている。
 味も食べ比べてみるとわずかにリョウリポンの方が鰹節の香りを感じる程度で大きな差は無い。
 なにより酒に漬け込んだとき同様に柔らかい。

 続いて牛丼の具を作ってみた。
 四角い皿のがリョウリポンとリョウリポンみりんと醤油で作ったもの、三角の皿が酒とみりんと醤油で作ったものである。


 やはりこちらも美味しい。

 明らかに酒やみりんを入れない時よりも味わいが深く美味しく出来ている。

 市販のph検査のシートを利用しphも計ってみた。


 上の皿は水なのでph7を意味する緑である。
 そして左下が酒、右下がリョウリポンでどちらもph4程度を意味する黄色になった。

 ホエーのお陰でphもクリアしている。
 おかげでリョウリポンを日本酒と同じようにつけることで肉はしっとりふっくらと焼き上げることができる。


 また意外と思うかもしれないが味の深みを出すためには微量の苦味も必要だった。
 最初は紅茶を入れず作ったのだが、なんだか味がのっぺりしているのだ。
 何が足りないのかを考えた末「苦味が欠けているせいでは?」と判断。手軽で各国で手に入れやすい素材で苦すぎない苦味を検討し、出た答えが濃いめに煮出した紅茶だった。
 するとほどよい苦さで味わいが一気に深くなったのだ。

 ヨーグルトは歴史の深い食材である。そのため世界各地で手に入れる事が出来る。紅茶も嗜好品として世界中から愛されている。
 昆布と鰹節はやや難しいかもしれないが塩味の付いていない野菜ブイヨンなどで代用が出来る。

 世界各国で比較的安価に代用日本酒調味料として使えるこの「RYOURI PON」はなかなか傑作なのではなかろうか・・・

 私はこれを一人で使うのが惜しくなった。
 どうせなら当初の考えの通りに世界中に発表したくなった。

 そこで英語の得意な夫に監修してもらいながら英語でこの「RYOURI PON」の動画を作り、ようつべに上げた。


 きっと世のオタクが喜んでくれるはず・・・


 しかし私は忘れていたのだ。某国擬人化マンガの鉄板ネタだったのにも関わらず私は大事なことを忘れていたのだ。

「日本ぐらい食い意地の張った国はそう多くない」という現実を!!!!!

 考えて欲しい。毎食違うものを食べるのを当然のように考え、「健康のため一日30品目食べましょう」なんていう言動がまかり通るのは日本くらいなのだ。
 ドイツでは夕食は冷たい食事といってソーセージにチーズなど火を使わない食事が伝統的だし、グルメで有名なイタリアは今度はマンマの味が最高で他国の料理を好まないとも言われている。
 アラブ諸国でも美味しいグルメは多いが積極的には他国の料理を入れているわけで無い。
 同じ島国の中には料理が美味しくないことがジョークになっている国もある。

 食い意地の頂点に達し食の魔改造国家として世界に名を馳せる日本だが、日本人の中でも特に料理にこだわるのは一部である。
 その一部の中のそのまた一部である食オタクが考えているほど世界の壁は薄くなかったのである。

 結果、一生懸命作ったにも関わらず動画再生数は伸び悩んでいる。

 私の常識、世界の非常識・・・

 それを改めて感じる結果となった「RYOURI PON」の顛末であった。

 とはいえ自画自賛になるが大変良く出来た調味料ではあると思う。
 一切アルコールに触れないのでアルコールにアレルギーがあったり、アルコール依存症で断酒をしているという人にはぜひ勧めたい調味料だ。なにせ自宅に酒を一切持ち込まずに済むので安心である。飲んでも美味くは無いが害もない。

 ただ悪い部分も幾つかある。
 一切アルコールが入っていないため、賞味期限が短いのだ。できれば3日くらいで使い切ってもらいたい。保存は冷蔵庫でして欲しい。

 また臭み取りの効果はあるが酒ほどは強くない。
 そのためショウガやニンニクなどの香味野菜は多めに使う、下味を事前につける、脂身は取り除くなどをした方が良い。

 そして糖分がかなり入っているので焦げ付きやすい。
 通常よりやや弱火で調理することを心がけて頂きたい。


 まあそんなわけであまり思うようには行かなかった「RYOURI PON」だが、こうやって調味料を自分で考え作るのはとても面白かった。
 自分の持っている世界にいつでも?を投げかけるのは自分の世界を広げることでもある。
 今回は和食では思いつかなかったヨーグルトの副産物、ホエーを使うという経験は自分の料理の当たり前を壊してくれた。

 日本は世界から色んな美味が入る国である。
 大阪万博の時に明治乳業の人がブルガリア共和国のヨーグルトの美味しさに感動し、そこから明治ブルガリアヨーグルトは生まれている。

 美味しさはすぐに世界を変えることは無いかもしれない。
 でもヨーグルトの美味しさが日本人に伝わることで「ブルガリア」という国が知られ、そして一種の愛着を持つようにもなった。

 ブルガリア出身の琴欧洲勝紀さんが愛され親しまれる理由の1つが
「ヨーグルトが美味しい国の人」
という穏やかでポジティブな感情があるのも否定はできない。


 食はポジティブな感情を紡ぎやすいと私は思っている。
 特に文化の違いはネガティブなものになりやすいのだが、食に関してだけはポジティブになりやすいと思う。
 それだけ人間の根底にある欲求であり、快楽なのだ。
 だからこそ色んな国の食を知ることは平和的に世界を知る眼鏡になり得ると私は信じている。

 これからもそうそう上手くいくことはないが、こうやって何らかの形で美味しいもので世界と美味で平和的に繋がれたらいいなと食オタクは思っている。

 

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