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実は良く分かっていない検察庁法改正の問題点について考えてみた

 Twitterやネットニュースでは検察庁法改正に関する話題が盛り上がっている。コロナウィルスの対応に政府が追われている最中、ここまで盛り上がる政治的話題は珍しい。

 本件は検察長の定年延長についての話で、その理不尽さが長らく報じられてきたが、そもそも多くの国民にとって“検察”は縁遠い存在なので関心が薄かった。しかし、ここにきていよいよ数の力で押し通さんとする現政権の悪だくみが最終段階に差し掛かり、多くの国民が“これはやばいかも”と察知し、“#検察庁法改正案に抗議します”というハッシュタグをつけたツイートによる抗議が発動したものと僕は認識している。

 この法案は現在審議中であるが、野党やマスコミから「政権による違法な人事介入。撤回しろ」との大合唱が起きている。
 多くの人に馴染みの無い検察に関する法案改定がなぜここまで波紋を呼ぶのか、勉強不足の自分にはその理由がわからなかったので調べてみた。

検察庁法案改正の中身

 今回、検察庁法改正について騒がれているが、内閣が衆議院に提出した法案は「検察庁法改正」単体ではなく、「国家公務員法等の一部を改正する法律案」で、全部で33本の法案改正がまとめられている。その中の一つに「検察庁法の一部改正」が含まれているという立て付けだ。

参考:国家公務員法等の一部を改正する法律案 (検察庁法はP93から)。

ちなみに、国家公務員法等の一部改正案の概要は以下のとおり。

【概要】
1. 現行60歳の定年を段階的に引き上げて65歳とする
2. 役職定年の導入
3. 60歳に達した職員の給与
4. 高齢期におる多様な職業生活設計の支援
5. その他

 近年の少子高齢社会の日本において国家公務員の定年延長に関する改正内容は至極真っ当な話で特段炎上するような内容ではない。

検察という組織について

 問題に切り込んでいく前に、検察とは何なのかということを整理しておきたい。普通に生活していれば検察にお世話になることもないので検察について詳しい国民は少ないと思う。
 僕も恥ずかしながら検察については警察の捜査の後に容疑者を起訴する人達ぐらいの知識しか無かったので始めて調べてみると、知らなかったことだらけだった。

まず、検察は法務省の特別機関で検察庁の設置については法務省設置法第14条に定められている。

法務省設置法 特別の機関(検察庁)
第十四条 別に法律(国家行政組織法第8条の3)で定めるところにより法務省に置かれる特別の機関で本省に置かれるものは、検察庁とする。
2 検察庁については、検察庁法(これに基づく命令を含む。)の定めるところによる。

 法務省の機関なので当然に行政機関になるが司法的機能を持ち合わせた行政機関なので、「準司法機関」と言われている。 

 検察官は法律違反による犯罪や事件を調べて容疑者を起訴する犯人と認め、裁判にかけ、起訴をするために警察と協力して捜査を行い、その事件の真実が何であるかを明らかにする。
 日本では“原則”、検察官だけが犯人を起訴できることになっている。
 検察官は最高検察庁、高等検察庁、地方検察庁、区検察庁のいずれかの検察庁に所属し、社会の利益を守る代表者として、捜査や裁判を通じて事件の真相を明らかにし、犯人が適切に罰せられるように起訴に結び付ける。
検察庁は各裁判所に対応する形で設置されている。(下図参照)

・検事総長(1人)… 最高検察庁の長としてすべての検察庁職員を指揮監督。
・次長検事(1人)… 最高検察庁に属し、検事総長を補佐。
・検事長(8人) … 高等検察庁の長として庁務を掌握。
・検事(1,858人) … 最高・高等・地方検察庁など全ての検察庁に配置。
・副検事(899人)… 区検察庁に配置。
               ※人数は平成30年4月1日時点(2018年) 

今回、話題に挙がっている黒川弘務氏は東京高等検察庁のトップである検事長で、政権はこの黒川氏を最高検察庁の検事総長に据えたいと考えている(と言われている。)。

なぜ今回の検察庁法改正に非難が殺到しているのか

 現在の検察庁法では検事総長の定年を65歳、その他の検察官は検事長も含め63歳と定めている。
 今回の検察庁法の改正案の骨子はその検察官の定年を一律65歳まで伸ばすというものだ。

これだけを見るとこの法改正には何ら問題が無い。
調べていく中で、問題だと言われているのは以下の3点だと僕は理解した。
 ①  現政権による恣意的な人事の実行
 ②  一般法を特別法に優先した事実をもみ消すための後付的整理
 ③  内閣が検察人事に介入する仕組みに変更(※検事総長の定年延長を内閣が決められる)

①  現政権による恣意的な人事の実行
 現政権は検察庁のトップである検事総長に現政権寄り(と言われている)東京高等検察庁検事長の黒川弘務氏を次期検事総長に任命したい意向があると言われている。
 ところが黒川検事長は2020年2月に誕生日を迎え63歳になり、定年退職となってしまうので内閣は2020年1月末、黒川弘務東京高等検事長の定年を半年間延長することを閣議決定した。この延長の意図は次の通りだ。
 
 検事総長である稲田伸夫氏が検事総長に就任したのが2018年7月で、任期が概ね2年前後である検事総長は2020年8月頃に交代となる。ここに黒川氏を当て込むためにまず、黒川氏の定年を2020年の8月まで伸ばした。検事総長にさえなってしまえば黒川氏の定年は65歳まで延長されるので問題なく検事総長に就任できる。さらに今回の改正により、内閣の裁量によって検事総長の定年が68歳まで延長できるようになるので黒川氏を長期的に検事総長に据え置くことも出来ることとしている。

② 国家公務員法(一般法)を検察庁法(特別法)に優先した事実をもみ消すための後付的整理
 2020年1月に黒川氏の定年を半年間延長した際に、野党は内閣が一貫して説明してきた「特別法は一般法に優先する」という原則を破ったという点を追及していた。内閣は特別法である検察庁法ではなく一般法である国家公務員法を根拠に黒川氏の定年を半年延長させたと発言したからである。
 人事院は1981年4月の衆院内閣委員会で「検察官には国家公務員法の定年規定は適用されない」と答弁しているので、この2020年1月末頃に問題になった黒川氏の定年延長のケースは今迄の政府の解釈と反対のことを行った。

 しかし、今回の改正案を成立させてしまえば後付け的に「特別法は一般法に優先する」という解釈を変えていないことになり、辻褄を無理やり合わせに来たと解釈できる。

③  内閣が検察人事に介入する仕組みに変更
 前述したとおり、検察は政治家を捜査することもあるので政治からの独立性が求められる。
 検察庁法14条には以下のように記載されている。

第14条 法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。

 検察庁を管轄する法務大臣が一般に検察官を指示することができることになっているが、捜査の着手から刑の執行に至るまで、直接個々の検察官を指揮することは出来ず、検事総長のみを指揮することができるとなっている。

 逆説的に言えば、検事総長はコントロール出来るので、政権寄りの人物を検事総長に据えておけば検事総長を通じて検察官をコントロールできるということになる。
 改正法の第22条第2項には”検事総長等の検察幹部の人事は人事院ではなく内閣により決定できる”と記されていて、内閣が検察人事に直接口を出せるということが制度化されようとしている。
 更には、検事総長の定年や検察官の役職定年の決定権を内閣が持つという事は内閣に忖度しない検察官は定年の延長をして貰えないので事実上、内閣が検察をコントロールする仕組みになるということだ。
つまり、政権の恣意的人事が行われ、検察の独立性が侵害される可能性があることになる。

僕のつたない理解では今回の件は上記3件が問題になっていると理解した。
 ちなみに、日弁連も「検事長の勤務延長に関する閣議決定の撤回を求め、国家公務員法等の一部を改正する法律案に反対する会長声明」を出している。
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2020/200406.html

なぜ今法案改正なのか

 考えなければならない点は、コロナ禍で与党も野党もなく皆が一丸となって国会で議論しなければならない中でなぜ、このような不要不急な法案が出てきたのかという点である。
 この裏側には一つは河合克行衆議院議員と河合案里参議院議員の公職選挙法違反事件がいよいよ立件間近に迫っているという背景があるという声も挙がっている。(※本文寄稿の最中、河合議員の起訴のニュースが流れた)

 河合克行氏と河合案理氏の政党支部に1億5千万円が自民党本部から振り込まれていることが判っている。この二人が立件され、1億5千万円の出どころはどこなんだという問題に発展すると政権に大きなダメージを与えるだろう。
 また、この捜査は現在、広島地方検察庁が行っているが、仮にこの問題が表面化すると、自民党お気に入りの検察官を検事総長に据え置く法案はおかしいという声があがり、法案が通りにくくなる可能性があるため、この時期にこの不要不急な法案を急いで進めているのではという声も挙がっている。

声を上げることの大事さ

 現政権のバックには超優秀な官僚集団がいる。内閣が考え無しに何かやったとしても優秀な官僚がその辻褄合わせを行い、過半数を超える議席数と高い支持率でなし崩し的に合法化していくというパターンがここ数年常態化しているように僕は感じている。
 コロナショックによる支持率低下により常勝パターンが崩れはじめている中、このTwitterを通じた新たなムーブメントがどう転ぶのかは注目したいところだ。「アラブの春」もSNSから始まった。

 Twitter等で政権を批判している芸能人や著名人に対し、キャッチーな部分だけ受け取ってファッション的に批判をするなという声を聞くが、政権がコロナショックで大変な時期にどさくさ紛れで重要な法案を火事場泥棒的に通そうとしていると感じた人が多いのは事実だ。
良く判っていないが本能的に反応した人も多いだろう。
 芸能人を含む、良く判っていないが声の大きい人たちが声を上げてくれたことでこの問題に注目が集まったことは事実だ。

 「正義の反対はまた別の正義」という野原ひろしの名言にあるように、この法案を通そうとしている人には彼らなりの正義と意思がある。そして反対する人にも反対する人の正義がある。
 国民がどちらを正義とみなすかはマスコミの報道でいくらでも先導されるし、時代の流れや個々人の考え方によって判断基準は変わるものなので、良く分かっていないけど声をあげた著名人の行動は的外れなことを言っている人も含め非難されるべきものだとは思わない。

今回の件について

 今回の検察庁法改正の問題点は問題なのは2020年1月の黒川氏の定年を無理やり延長した政権の行動と内閣が認めたときに可能となる検察官・検事総長の定年延長だ。検察官の定年延長に国家公務員法は適用しないという政府の解釈があるにも関わらず、総理を逮捕できる権限を持つ検察における最高位の検事総長ポストを、官邸に近い特定の人物を当てはめるために法改正しようとした点はやはり問題だ。そして検察官の役職定年含む定年延長の決定を内閣に一任できる仕組みは検察官に内閣に忖度させる仕組みとみておかしくない。内閣の意に背くと定年延長をしてもらえなくなるからだ。
 今回の定年延長人事は個人的にはも賛同し難いが、仮に政府がこの法案を通したいのであればしっかりと説明責任を果たすべきだ。それが出来ないにも関わらず、恣意性は無いという説明に国民は納得しないだろう。国家公務員法の中に混ぜ込み、コロナショックのどさくさ紛れに通す法案ではない。

 権力の不正があった時、それにメスを入れることができるのは検察しかいないのだ。

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