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【映画記録】エンパイア・オブ・ライト

 客先からの帰り道、勢いよく飛び出したせいか足を挫いた。誰もいない会社に嫌になり、仕事を投げ出して映画を見た。あらすじなど見ず、ただ時間の合う映画を選んでチケットを買った。そうして出会ったのが「エンパイア・オブ・ライト」だった。

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 舞台は1980年代のイギリス。海辺の街にある映画館エンパイアで働く女性ヒラリーの物語だ。

 ヒラリーはとある事情により精神的な病を抱えている。物静かな彼女は時に優しく、時に激しく感情を露わにする。そんな彼女が働く映画館エンパイアで若い黒人男性が働きはじめる。

 本作は、サッチャリズムによる混迷の時代を背景に、人種差別を描いている。そういう時代を舞台にした映画だからかもしれないが、基本的に暗い雰囲気がまとわりついている。差別だけでなく、ヒラリーの周囲ではわかりやすく彼女が病んでいく原因のひとつを見ることになる。

 映画の前半は美しい映像と美しい音楽、そして生々しい物語りが展開される。いい意味で「映画を見ている」感覚でヒラリーの生活をなぞっている。Netflixで見たら途中で辞めてしまいそうなほど、美しくつまらない。

 それなのに物語後半になるとどうしてかヒラリーの心に波長が合い、彼女と同じものを見ている気がしてくる。ネタバレになるから詳しくは差し控えるが、映画館で見る映画の描写は、家で見た時とは比較にならないほど映画と自分が混じっていく感覚になる。

 私は映画館で初めて、彼女に対して共感性羞恥を覚えた。彼女の演説シーンは怖くて目を瞑った。彼女が観客に嘲られるのではないかと怖くなり、ただ怯えていた。

 怖いくらいに静かにうつくしい画面で進行するこの映画は、ゆっくりとゆっくりと心に入り込んでくる。見終わった頃には心臓の鼓動がうるさくて、息苦しかった。彼女と彼の恋の行方も、掴み取った未来にすら横たわる彼の苦労も。幸せなのに辛くてたまらなくなる。

 この感覚を味わって欲しいからネタバレは避けるけれども、これだけは言わせて欲しい。この映画は夜の映画館で1人で見てること。願わくば、真ん中あたりの席で。

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