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静けさからの贈り物 ~ ショート・ショートVol.11

暗い森の中を歩いていた。

どこに行きたいかわかっているつもりだったのに、迷ってしまった。場所を示してくれていたスマホの電池が切れてしまっている。充電用バッテリーを持ってくるのを忘れてしまっていた。明るくなってから動き出そうと、取り急ぎ、野宿をすることにしたその時、ふと、明かりが見えてきた。近づいてみると、小さいけれども小綺麗な山小屋があった。

「すいません、道に迷いました。一晩泊めて頂けないでしょうか?」

中から、ろうそくの灯りを持った、銀髪がきれいな、上品なおばあさんが出てきた。

「こんな時間に大変でしたね。さあ、お入りなさい。」

おばあさんは、シャワー室に案内してくれた。そして、私がシャワーを浴びている間に、軽い食事を用意してくれた。

「残り物で申し訳ないのだけれど。」
「あ、ありがとうございます。」

こんな所で一人暮らしをしているおばあさん。毒でも盛られないだろうかと一瞬、心配した。暗さの中で、不安と恐れでいっぱいだったので、お腹が空いているのさえ忘れていた。シャワーでスッキリした身体に、どこからか、食べた方が良い、という声が聞こえた。スープを一口飲むと、心の中までしみとおるように、安心感が広がった。にこにこしながら、おばあさんが言った。

「うちのシャワーはね、『過去』と『未来』の雑音を消してしまうの。そして、このスープは、心の中に『今』という静けさと安心を持ってきてくれるのよ。迷っているときは、『今』にいなくて、『過去』に起きたことや、ありもしない心配の『未来』の中にいるの。食べ終わったら、しっかり睡眠をとってね。どんな道を歩こうと、あなたの知性と直感に守られているわ。」

食べ終わると、ベッドのある部屋に通された。疲れていたので、すぐに、ベッドに横になり、眠ってしまった。

スズメの声で、目が覚めた。そこは、見慣れた自分の部屋だった。迷いが吹っ切れて、目の前の仕事に集中している自分がいた。

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