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【短編小説】ナマの音楽
古ぼけたライブハウスには、その古さに見合わない若い客で溢れかえっていた。
皆”ナマ“の音楽ってやつを聴きたいらしい。
俺はステージ袖でぼんやりと、熱気で烟る会場の様子を冷ややかに見ていた。
世間では、もうミュージシャンは絶えて久しい。
自分の聴きたい音楽は自分で作ればいい。そんな思いを叶えてくれるコンピューターソフトやスマホアプリが開発されたことで、俺たちミュージシャンはトドメを刺された。
声も楽器も何もかも、自分の希望を吹き込めばそのソフトが一瞬で自分に合った曲を作る。合成音声が歪に聞こえたのは遠い昔で、今では生身の人間に近しいが、決して音程を外さない歌声が生成できてしまう。
ソフトによってはアーティストイメージを絵や3Dモデルで作ってくれたりもする。3Dモデルに関しては動かしたり演奏させることもできるので、もうこちらとしてはお手上げだ。
自分が欲しい時に自分だけのお気に入りの楽曲やミュージシャンをいつでも、手元のスマホ1つで生成できるようになったって訳だ。
もはや生身の人間が作った音楽は、生成ソフトに学習させる為の教科書程度にしか使われなくなった。自分好みの生成ソフトが出来上がれば捨てられてしまう。そんな存在に。
人間、希少価値みたいなものを見出すことには長けている。お陰で俺の様な三流ミュージシャンも生きていくことが出来ている。
人間にできて、機械にできないこと。所謂“ミス”と呼ばれるものだ。音程を外したり、弾き間違えたりとか、そういう生々しい部分こそ音楽としていいんだ。そう思う若者層が一定数いるらしく、わざわざこうやって数少なくなったライブハウスにナマの演奏を聴きにくる。
ステージでは、今ではミュージシャンばりに希少になったスタッフがそそくさギターの準備をしている。
顔もそこそこ。腕もそこそこ。そう言われ続けた俺と俺の音楽。もはやそこに価値はなく、誰でもいい”人間“が演奏する音楽に価値がある。下手だろうが間違えようが、それが味ってものになる。
俺は暗がりの中、ステージに上がる。どうせ俺のことをろくに知りもしない連中だ。拍手は期待していなかった。
ギターを担ぎ、ピックをつまむ。マイクの位置を微調整し、静かな一瞬を味わう。
俺が今からするのは、下手な音楽だ。
音程も悪くはないがたまに外れるし、演奏だってリズム感がイマイチだって言われたことがある。
そんな音楽がいい、と言われた。
俺自身に、価値なんてない。
俺が演奏する下手な音楽に、価値がある。
俺は俺に興味のない客達に向けて、がなり立てた。