【短編小説】ルーシー・マーズの憂鬱
今日は満月の日。
キャラバンがやってくる日だ。
その日が来るたび、私は憂鬱になる。
パパとママは世界に大きな爆弾が落ちた日から、この地下シェルターで暮らしている。近所に住んでいた5家族と一緒に、農業や人工肉の精製など様々な役割を分担している。
私のパパは、このシェルターを管理する代表のような役割をしている。シェルターの保全状況の確認や物資の量を細かく記録し、分配する。それでこのシェルターは今まで上手く回っている。
でも、どんなに上手くやったって、足りない物は出てきてしまう。
そんな時、外の世界を生き延びた人達と交流しなければならない。私たちの物資とシェルター近くまで来てくれる外の人たちー私達は“キャラバン”と呼んでいるーの物資を交換する。その物々交換の交渉の代表もパパの役割だ。
キャラバンは毎月決まった日にやってくる。それが
満月の夜。昼間は略奪者も活発だから、キャラバンはシェルター近くに野営がてら交換にやってくる。
満月の夜が近づくと、パパは持ってる中で1番汚い服を選んで着る。私が何故そんなぼろぼろの服を着るのか訊くと、パパは「これが1番キャラバンに警戒されないんだ。お前にもすぐ分かるよ」と言うばかりだった。
「お前にも分かる」ーそう、パパの子供である私は、大人になればこのシェルターの代表になることが決まっている。そうなれば、外の人たちとの交流も私の役目になる。私は、それが憂鬱で堪らなかった。
私はシェルターで生まれた最初の子供だった。他にも同時期に生まれた子は居るけれど、私が1番年上だった。
私は、外の世界を知らない。
外は危険がいっぱいだと、教育担当のアキラおじさんが教えてくれた。焼けた荒野。崩れた家屋。放射能。変異した動植物。そして何より、略奪者。彼らは自ら育むことを知らず、武器を携え他人から奪うことで生活している、らしい。
キャラバンとの交換時にも、略奪者がやって来ることもある。その時はキャラバンの人たちと共に銃で戦うらしい。そんな話を聞かされた時、思わず泣きそうになった。外に出ていくパパや男の人たちのが帰って来ないんじゃないかと思うと、不安で仕方がなかった。
幸い、私たちのシェルターは山奥にあり、目立たないから、そんなことは滅多にないとアキラおじさんは励ましてくれた。けれど、3ヶ月前に当のアキラおじさんが肩を怪我して帰ってきたのは、その略奪者に撃たれたからだった。
「マーズさんが誰よりも後方に残ってね。僕らを守るように先に行かせてくれたんだ」
アキラおじさんはパパのそんな勇ましい姿を語ってくれる。他の子供達は「かっこいい!」なんて言っているが、私はパパに誰よりも先に帰ってきて欲しかった。みんなを守るために死ぬなんて、考えたくもないから。
それに、自分が大人になった時のことを考えてしまう。パパのようにみんなを守れるだろうか?そもそも、外の人と交流なんて出来るのだろうか?そんな不安がずっと頭の中をぐるぐる回って、夜も眠れなくなってしまう。最近は、そんな日々がずっと続いている。
パパが「15歳になったら、キャラバンの人に会わせてあげよう」と私に言った。キャラバンにも同年代の子供達がいて、その子達と将来のために交流しなさいとのことだった。
ついにきた。そう思った。
最近、銃の撃ち方をパルマおばさんに教えてもらっている。その銃を持って、外の世界に足を踏み出す時が来るんだ。
そう思うと、私は憂鬱で仕方がない。
銃なんて、撃ちたくない。
外の人とも、交流したくない。
ずっと、安全なシェルターの中に篭っていたい。
他の子供達がキャラバンの子供達に渡すプレゼントを考えはしゃいでる。服がいい?それとも本がいい?そん笑い声がここまで聞こえてくる。
みんな、能天気で羨ましい。
私は照準を人型の的の天辺に合わせて、引き金を引いた。
震える照準は的を外し、キンという甲高い音と共に金属の壁に黒い凹みを作った。