倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑨きょうの栞(一)「タイプライター」
タイプライター
タタタン、タタタン、と、店の奥では打鍵音。
祖父がひらいた宮部書店《みやべしょてん》は、町内にあるひとつだけの本屋。昔は何軒もあったけれど、最後の一軒になってしまった。
小さな書店は、本の売上を上げるだけでは追いつかない。
本の装備の手間賃も、大事な収入源だ。
今、宮部書店の奥で私はタイプライターを打っている。指定通り請求記号をラベルに打ち込む作業だ。
* *
「志保里《しほり》ちゃん、器用だよね?」
ご高齢のため店を閉めると挨拶に来た書房ツクシさんが、突然そんな話をするので驚いた。
「小学校に納品してるよね? 聞いたことない? 図書装備つきで納品する話」
図書館の本は書店から購入してそのまま書架に並べられることはない。
聞いたことがある範囲だけど、蔵書印を押し、フィルムをかけ、ラベルを貼り、登録したりいろんな作業を経て利用者に届く。その作業を装備と呼ぶ。
「うちのがねえ、受けてたんだけど、引退するって言うのよ」
そういえばツクシさんの奥さん、お店の奥で作業していたな。フィルムをきれいに貼るのは難しそうに見えたけど……
「そういえば、おはなし伺ったことあります」
「あれ、宮部書店さん、引き継いでくれない?」
少し驚いた。
これが、二年前の話。
* *
祖父の時代の昔はこの町も学校が多かったので、それなりに店も学生さんでにぎやかだったという。
「こんにちは」
幼稚園帰りの年中さんが、お母さんと来た。
お母さんがレジのフジシロさんに、今日は好き嫌いしなかった、と話すと、年中さんは恥ずかしそうにした。
210、210、596、596、青いふちのラベルに一枚一枚、タイプライターで打ち込んだ。
これは驚くべきことに祖母の持ち物で、まだ稼働する。なんでも女学校時代の弁論大会で勝ち取った賞品だという。
祖父の本屋で祖母のタイプライターを使い、小学校の図書室のためラベルを作る。
それが今日という私の一日に差し込まれた、一枚の栞。
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