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ヨシダコウブンさんの造形作品に潜在したモディリアーニへのオマージュのドミノ倒し

アメデオ・モリディアーニ(1884-1920)は、20世紀前期のパリで活躍した20世紀を代表する画家です。細長い輪郭や鼻、アーモンド型の細い眼、長い首などの特徴をもった独創的な風貌の肖像画を描きました。

芸術文化都市・倉敷の大原美術館には、代表作の「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」が所蔵され、常設展示されています。

アメデオ・モリディアーニ・作「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」1919年 大原美術館蔵 1)

モディリアーニの肖像画では、人物の目が塗りつぶされていることが多く、顔の中で最も感情表現豊かな目をつぶすことによって、逆に感情をより深く内向させ複雑かつ微妙なものにします。それゆえ一見すると素っ気なく感じますが、時間をかけて見れば見るほど複雑な感情が湧き上がってきます。つまり深いのです。2)

筆者は、岡山市の高層商業施設・クレド岡山にある伝説のセレクトショップdouce(ドゥース)で、総合芸術家ヨシダコウブンさんによる、目が塗りつぶされた、瞳がない空想のケモノの造形作品と出会いました。

ヨシダコウブン・作「空想のケモノ」2022年 筆者蔵

目の表現についてヨシダコウブンさんご本人にfecebookを通じて問い合わせたところ、「作りたくなって作ったものです」との回答でした。
コウブンさんは、作品に絵付けしたり、表面処理をしたりして、その度に何度も焼成して作品を仕上げられるのですが、「これでよし」と感じられたときには、最後に目に瞳を描き入れずに、以降の焼成を止めて、制作を終了することがあるそうです。

ですから、作家が最初から計画的に、目が塗りつぶされた、瞳がない作品を作ったわけではなくて、作家の内部から湧き上がった無意識の感性によって成された表現なのでした。

モディリアーニには彫刻に専念していた時代があり、非西欧地域や古代文明の影響を受け、それらが彼の独創的な肖像画表現にも引き継がれています。それが造形家のコウブンさんと親和性があったと推理するのは容易いことです。しかしコウブンさんの作品をじっくりと観察すると、直接モディリアーニから影響を受けたと判断するには早計な特徴がありました。

モディリアーニの作品は早い時期から日本人画家に注目されていました。
フランスから帰国した中原 實(みのる)は、モディリアーニ・作の「可愛い家婦」、

アメデオ・モリディアーニ・作「可愛い家婦」2015年 バーンズ財団蔵 3)

を写したオマージュ作品「モジリアニの美しい家婦」を、

中原 實・作「モジリアニの美しき家婦」1923年 東京都現代美術館蔵 4)

1923年(大正12年)の第10回二科展に出品して、入選を果たし、注目を集めました。

中原のオマージュ作品と、コウブンさんの造形作品には類似した点がいくつかあります。
両者とも目が塗りつぶされて瞳がないのは、もちろんのことです。
それだけでなく、白い顔、ややずんぐりした腕と胴体が共通です。家婦の頬の赤みはケモノでは額の赤みに変換されています。もっと細部では、長い鼻筋や小さな鼻孔、軽く閉じた口元が似ています。さらに、家婦の黒い着衣の質感と、ケモノの胴の塗りの光沢が類似しています。家婦の丸い襟元とケモノの首元の輪郭も相同です。

ですから、コウブンさんの造形作品には、モディリアーニ → 中原 實 → ヨシダコウブン、という3人の芸術家によるオマージュのドミノ倒しが潜在していた可能性があります。
このオマージュの連鎖が、あるとき、コウブンさんの脳裏に降り立ち、無意識のうちにこの作品を作らせたのだ、と、妄想をめぐらせました。

文献の後に追伸記事があります。

文献
1)大阪中之島美術館, 読売新聞大阪本社, 大阪読売サービス・編集、深谷克典, ケネス・ウェイン, 小川知子・執筆(有限会社フォンティーヌ, 飛鳥井雅友・翻訳):大阪中之島美術館 開館記念特別展 モディリアーニ~愛と創作に捧げた35年~. 読売新聞大阪本社, 2022. P120

2)深谷克典:モディリアーニ 伝統と前衛のはざまで. in 1). P10-17
3) 1)P91
4) 1)P94


追伸
オマージュのドミノ倒しの有名な例に、俵屋宗達による国宝「風神雷神図屏風」があります。

俵屋宗達・作「風神雷神図屏風」17世紀 京都・建仁寺蔵 5)

まず、オリジナルの俵屋宗達による風神雷神図を緒方光琳が模写し、

緒方光琳・作「風神雷神図屏風」18世紀 東京国立博物館蔵 6)

緒方光琳の模写を、さらに、酒井抱一が模写しています。

酒井抱一・作「風神雷神図屏風」1820年頃 出光美術館蔵 7)

3作品は2017年に京都国立博物館で開催された特別展覧会「国宝」において、時空を越えて“一堂に会する”という奇跡が実現し、筆者はその場に立ち会うことができました。

文献の後に番外編の記事があります。

文献
5)京都国立博物館、毎日新聞社・編:京都国立博物館120周年記念 特別展覧会 国宝. 毎日新聞社、NHK京都放送局、NHKプラネット近畿. 2017年, P146-147

6)芸術新潮2014年4月号. 新潮社, P20-21

7) 6) P22-23


番外編
キスリングとモディリアーニとは親友同士で、二人はキスリングの妻となったルネを、それぞれ描いています。

モディリアーニは、男装姿のルネを、彼・独特の独創的な肖像画として描きました。

アメデオ・モリディアーニ・作「ルネ」1917年 ポーラ美術館蔵 8)

塗りつぶした目の色が左右で異なり、神秘的な印象を与えています。

一方、キスリングはルネを写実的で色彩豊かに描いています。風貌も女性らしい、やわらかなものとなっています。

キスリング・作「ルネ・キスリング夫人の肖像」1920年 名古屋市美術館 9)

douceで展示されていたコウブンさんの造形作品のなかに、キスリングの描いたルネと類似した作品を見つけました。
そのケモノは、全体が色彩豊かで、フェミニンなバランスがよい顔立ちです。瞳にもやわらかさが感じられます。

ヨシダコウブン・作「空想のケモノ」2020年 筆者蔵

コウブンさんの無意識の感性世界には、モリディアーニをめぐる込み入った世界が沈潜していると推察されました。

中世・室町時代に成立した日本の伝統芸能である「能」でいえば、コウブンさんの役割はワキ方で、現世を生きる感受性豊かな人物です。モリディアーニはシテ方で、この世に思を遺した“幽霊”ということになります。コウブンさんは創作活動を通じて、35歳で夭折した、モディリアーニの遺した思を、現世に蘇らせる仲介役をしている、と解釈できます。

文献
8) 1)P71
9) 1)P70

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