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第10話:なぜ出版事業をするのか改めて考えてみた

私の特性なのかもしれないが、社会人になって以来、同じ事業であっても、コンセプトの違う活動に同時に関わることは珍しくない。
立ち上げ期においては、業界への理解を深めることが必要だが、既存の手法をいくつか見た方が固定観念に捉われなくて済むし、やってもみないで方針を固めてしまうより、それぞれの考え方の良いところを取り入れた方が独自のものができることが少なくないからだ。
そのため、次から次へと興味の範囲が広がり、いろんな方々に教えていただいているうちに、出版事業に全力を注ぐというより人生を賭けている師匠の会社で、丁稚奉公的にお手伝いをするようになったのは、ごく自然なことだった。
 
印刷会社への入稿が終わり、「第8話:初版部数・価格を決める」で書いたように、事業開始前の収益の見通しと実際にかかったコストを照合し確度を上げた収支計算をしていると、面白そうなことがあっても、「倉貫書房の目的は、“末永く読んでいただける本を、必要としている人に、無駄なく届ける”だけだからできないな。」と諦め、物足りなく感じたり、周りとの温度差を感じたりすることが増えた。
 
15年ほどサービス業界の経営に携わっていたのだが、スタートアップから大企業まで、毎週と言っていいくらいDX関連企業からの提案を受けていた。PoCを行った件数も数え切れない。経産省でDX認定制度が創設されると、日々やっていることを言語化するくらいで要件を満たしたので、早々にDX認定事業者に認定された。
そのくらい数をこなしていると、一般的なDX関連企業が言う言葉も先に読めるし、うまくいくかもなんとなくわかる。
勘違いされていることが多いのではないかと思うが、アナログと言われる業界に、ITリテラシ―が高い人がいないわけではない。デジタルツールを使いこなし、簡単なプログラムなら組めてしまう人は一定数いる。さらに、良い会社であれば、この状況をビジネスチャンスと捉える優秀な若者を採用できているし、高いデジタル技術を持ちながら、あえて数年、職人に弟子入りし残すべき技術を見極め、根本から改革しようとする若者も少なくない。常にパソコンに向かっている仕事ではないので、ユーザーに対する理解の深い、そういう人たちが作るシステムの方が使いやすくすらある。
普及するためには、つくるのと同じくらい、業務を理解し変革することも大事なのだ。
 
本屋さん、出版社、印刷会社、装丁家さん、イラストレーターさん、DTP会社、と思いのある業界関係者の方々と知り合うほど、本ができるまでの一通りを経験したくらいで「わかった気になっていないか」という思いが強くなった。
第8話で書いたとおり、「広く書店への営業をするのではなく、私たちの活動に興味を持っていただけるような奇特なお店に限定し、初版の1,000部までは取次を使わず、基本的にはBASEでの販売にすることにした」のだが、師匠をはじめ、自分たちとは違う手法を取っている業界関係者へのリスペクトがあるので、広く喜ばれる活動ができないか考え始め、今回、ご協力いただいた皆様に振り返りの時間をいただいた他、空き時間は書店やイベントに通った。
また、情報がすぐ入手できる現代だからこそ、紙の本や書店の持つ効用・役割の再定義の必要性も感じ、まちづくりや教育という視点からも思いを巡らせたりもしていた。
 
そんな思いを抑えながら、「第5話:どんな出版事業をしたいか具体的に考えてみる」で書いたようなことを踏まえた無難なリリース案を作ったのだが、思いが乗っていないのは明らかだった。自分で判断するしか選択肢がない人生だったので、3年は人に判断を委ねる経験をしてみると決めており(残り5ヶ月)、「これが世に出るなら、それはそれでいいのかもしれないな」と思っていたところ、ちゃんとストップがかかったので、密かに安心した。
 
倉貫さんから「文化への投資」というワードが出てきたので、色が強すぎる自覚はあれど、多少は私の思いも盛り込んでも良いだろうと思った。
幸い、倉貫さんの言葉を触ることなく、下記の数行で、私の思いは、倉貫書房の活動に乗せることができた。

わたしたちは、紙の本が持つ力はなにものにも代えがたく、遠い未来まで受け継がれるべき文化だと考えています。主業とは別で、スポーツや芸術の振興に取り組む企業があるのと同じように、本に関わるすべての人を幸せにするために、出版活動の振興に取り組みます。

2024年3月8日リリース文より

今、思えば、リリース案を公開日の1週間前にあげ、考える時間を作ったのは、無意識に打算していたのかもしれない。
 
本来、発売の2ヶ月くらい前から準備をすべきなのだろうが、今回、初めての出版だったので、確実に発売できることが見えるまで、個別で話すことはあっても、広く告知はしなかったことが功を奏した。
リリースに合わせて、サイトのテキストもアップデートできたので、なるようになるもんである。

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