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ことばのちから


先日、岸田総理が防衛費増額を巡って出た「国民の責任」発言。

これは言葉の使い方として最悪だったと思う。伝えたかった内容は、「お金が足りなくなるからご協力お願いします」というものだろうと思うが、それならそう伝え得れば良いと思いました。

もしくは本当にそう思っていた可能性があることも否定はできないがどちらにせよ言葉の使い方は適切ではなかったはずです。

国民の責任。だから当たり前。自分たちの国を守るためには仕方ない。そうかもしれない。だけどこの言葉の使い方では反感を買ってしまう。実際にやふTwitterのヤフーニュースのリプ欄は大盛況でした。

翌日?かな、訂正したみたいだけどそれでは遅い。言葉が残した傷跡は残る。何もなかったことにはできない。だからこそ軽率に言葉を扱っては行けないし、丁寧に慎重に扱うべきものだと私は考えています。

これは一つの例ですが、言葉は強力な武器になる。
そして、その強力な武器をどう扱うかは人それぞれで、それで結果的に人を傷つけて死なせてしまうことだってあります。

正しく使えば、誰かを救うこともできるし、勇気づけたりすることだってできる。分かち合うこともできる素晴らしいツールです。

言葉には人ひとりを動かしてしまうエネルギーがあります。


ここに切れ味抜群、
"パンを切るときにギコギコせず一度刃が入ったら「す〜〜〜っと」切れるような包丁"
があるとします。

それはとても切れ味の良い刃物ですので、投げたり、振りかざしたり、人に向けたり、切り付けたり、ということはせず、丁寧に扱うと思います。

(皆さんもそうであってください…)

それに洗うときだって手を傷つけないように洗いますよね?

それくらい気を遣って取り扱うと思うんです。


しかし言葉になると、私たちは雑に扱ってしまう。それが人を殺す可能性だってあるしとてつもないエネルギーを持っているのに、それを軽視して、あるいは理解せずにおざなりに扱ってしまう。


それでは勿体無いです。

これは小さな例え話ですが、私は体重を増やすために1日に食べるご飯の量を増やしました。すると今使っている3合炊きの炊飯器では不便になりました。

なのでぼそっと「大きい炊飯器いいなぁ」と独り言を呟いたところ、それを聞いていた野球部の先生が家にあった使ってない5合炊きの炊飯器を譲ってくれることになりました。

なんでも口に出してみるもんだなと思いました。
これは本当に些細なことかもしれませんが、言葉にすると思わぬ恩恵を受けることは多いです。


私もまだまだです。今の言葉は適切じゃなかったなと思うことも多々あります。その度に言葉の使い方を振り返ります。もしかしたらこれまでのnoteにも不適切な表現が気付かぬうちにあったかもしれません。それでもスキルを伸ばすためには失敗はつきものだと思うので、これからも続けていこうと思います。アドバイスがあればどしどしご指導くださいませ。 


この機会に自分の言葉をもう一度見直すきっかけにしましょう!というか、します!笑


それでは!

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