ほうれん草の水切り
以前アルバイトをしていた弁当屋でのことだ
僕のシフトは早朝。朝5時に起床し、適当なパンを食べて午前6時から3、4時間ほどサラダを作り続ける
シフトは僕を含めていつも三人だった
僕は大学1年生だったので早朝の弁当屋ではレアキャラなのだ。シフトが被るのは以下の方々
・人間を感じるおばさん(上京勢にとって人間味のある女性は母を思い出して安心感があるのだ)
・噂好きなおばさん(人間おばさんと仲がいいが、よく仕事を押し付けていた)
・不機嫌なおばさん(この中だと飛び抜けて若かった。多分30代くらい)←この人はいつもいる
人生初の労働にしては中々ハードだったように思う
なにせ研修中でもワンオペになっていたこともあれば
客にクレームをつけられたことも多々ある。(主にセルフレジの存在そのものに対し)
加えて不機嫌おばさんに挨拶を無視され続けていたというのもある。(それでも挨拶し続けたが)
が、もっとも衝撃を受けたのが他の従業員のテキトーさだった
食品を扱う以上は、神経質すぎるほど衛生やレシピにこだわるものと思っていたが、それは労働を知らない者の空想に過ぎないのだった
ほうれん草の水をきるのは意外と時間がかかるので省略。
洗浄済み(のはず)のザルには野菜がこびりついていたし、
不機嫌おばさんにいたっては調理器具を投げ、スペースがなければゴミ箱に突っ込んでいた。
誇張抜きに、初めてみた時は過呼吸のようになったのを記憶している。
あんなに酸素が薄く感じられるのは、高山くらいだろう。
私は頑なに丁寧な仕事を心がけた。というよりも、とても真似できるものではなかった。
だが、問題も生じる。
時間内に仕事が終わらないということだ。
食器の衛生面やレシピにこだわると仕事が終わらない。
雑な仕事は、客への誠意を引き換えにしたおばさん達の自己防衛だったのだ!
だから私は彼女たちを責めない。
店舗を出展することを第一として労働環境を顧みない会社の責任であり、
もっというと、業界の体質の問題だからだ。
私は半端なタイミングでの引越しを期に弁当屋のアルバイトをやめた。
人手不足だったろうが社員は僕を引き留めることなく送り出してくれた。
別のアルバイトをしている今、弁当屋に並ぶサラダを眺めると、通勤途中にいた朝日を浴びるネコや、おばさんたちのことを思い出す。
今日もおばさんたちは戦っているのだろう。
そう思うと水っぽいほうれん草が少しだけ美味しく感じられるのだ。
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