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#010 | 断末魔

高校生の夏。
随分会っていなかった友人F君と、学校の帰り道にバッタリ会った。

大して交流もなく、友達、というほど彼を知らなかったが、再会というのはそんな曖昧さも埋めるような嬉しさがあるもんだ、と今でもよく思う。

道すがら、他愛もない話に花を咲かせ、ふと別れ際にF君が「今度、ウチに泊まりに来い」と言う。さらに。

「ウチに幽霊が出る」とも。

好奇心に後押しされ軽い気持ちで了解し、週末に彼の家にお邪魔することになった。



八月二十一日。
もらった地図を頼りに、何とか彼の家に辿り着いたのはもう日が沈む頃だった。

F君のご両親と食卓を囲み、夕食をご馳走になった後、学生時代の懐かしい話で盛り上がった。
夜も随分更けたので、さぁ、寝るか、と寝床を用意していただいた二階の和室に移った。

床について数分後、部屋の中が寒く感じて私はF君に声をかけた。

「クーラー、切ってもらっていい?」

「いや、クーラーつけてないで」と、彼は言う。

部屋は凍りつくほど寒く、吐く息が白い。
あまりの寒さに布団をかぶった時、部屋の入口から畳を擦る音が聞こえてきた。

「出た」

隣を覗くと、F君が目で部屋の入口を見つめている。
何だろうと、つられて彼の視線を追いかけてみた。

いつの間に入ってきたのか、中年の男性と女性の姿がある。
目を凝らしてみたが、部屋が暗くて表情がよく見えない。
最初は、F君のお父さんとお母さんかと思ったが、シルエットですぐに違うとわかった。

二人は畳を擦りながら、布団のまわりを八の字を描いてゆっくり移動している。
暗闇で目が慣れてきた時、視界に入ってきたものに息を止めた。

二人は身体が石でできているかのようにひび割れ、ところどころ穴が開いていて向こう側が見えているのだ。

寒さの事など忘れていた。部屋中に重い空気だけが支配したようだった。
擦り足で動いている音だけが、遠ざかったり近づいたりする。

ピタッ、と急に音がやんだ。


ギャァァァ!


突然、F君の絶叫が聞こえた。

驚いて布団の中から覗くと、二人がF君に覆いかぶさっている。

F君は視線に気づいて、私の名を何度も叫び、泣きながらこっちを見ている。しかし、事もあろうか、私はあまりの怖さに見て見ぬふりをして、布団に潜り込んでしまった。



どれだけの時間が経過したのか。
部屋は静まりかえり、畳を擦る音もF君の絶叫も聞こえなくなった。
停止した時間が動き出すように、部屋の空気が夏の温度を取り戻していた。

私は顔を出そうと布団をめくった時、物凄い勢いでF君のお父さんとお母さんが入ってきた。

「どないしたんや!?」

ご両親は何度もF君の名前を呼んだが、まったく反応がない。
F君は目を見開いた状態で仰向けになっていた。

私は事情を聞かれ、あった事を全部話すと二人は無言でうつむいた。窓の外から光が入り、すっかり夜が明けていた。
少しして、F君のお母さんに今日は家に帰るように言われ、私はそのまま自宅に帰った。



後日。
心配になって、F君に電話をしてみたが繋がらない。
再び家を訪ねてみると、表札がなくなっていた。

彼と親しかった別の友人に連絡してみたところ、こんな事を言われた。


「Fのやつ、重い病気になったみたいやで。
 確か……最近、引っ越したんちゃう?」


彼の家で見た見知らぬ石のような夫婦は、一体何だったのか。
彼の父親と母親は、何か知っていたのだろうか。

今となっては何もわからない。

この話は、私の体験の中でも指折り数えるほどの恐ろしい体験でした。
F君が今現在、どこでどうしているかは、30年近く経った今でもわかっていません。

どこかで彼が気づいてくれたら、という淡い気持ちがあり、二〇〇六年八月二十一日当時、ブログに書いた記事を再編集して掲載しています。

F君が、今もどこかで元気にしていることを切に願ってやみません。

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