2022年10月30日(日)野球害毒論争は清く正しくのきっかけ

朝から録画したラグビー・ニュージーランド戦を観ながら中川右介著『プロ野球「経営」全史』も読み進める。明治44年から巻き起こった野球害毒論争の記述もあり簡潔にまとめてあるものの本当に興味深いですね。野球がいかに害毒であるかを東京朝日新聞が22回にわたり連載した「野球と其害毒」が事の始まりで、著者は「(その後の)野球を清く正しいものにしようという機運が盛り上が」ったと書いている。この連載は結構そうそうたるメンツで新渡戸稲造や乃木希典などなど。新渡戸は「野球と云う遊戯は悪く云えば巾着切りの遊戯、対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう(略)」と。乃木も「対外試合のごときは勝負に熱中したり、余り長い時間を費やすなど弊害を伴う」と指摘。こちらはまともだが新渡戸と同様に首をひねりたくなる論として「手の甲へ強い球を受けるため、その振動が脳に伝わって脳の作用を遅鈍させる」「慰労会などの名目の下に牛肉屋、西洋料理屋等へ上がって堕落する」との笑える主張もある。その後反論にあって読売新聞も肩入れし東京朝日が敗北してしまう。新聞拡張競争が背景にあったのは言うまでもないが。。。大阪朝日新聞は傍観を決め込みほとぼりが冷めた頃に全国中学野球大会を始めるのですね。著者の面白い記述としてこの論争は戦後のマンガが「悪書」と焚書扱いになったり今で言えばゲームやスマホを中高生から奪おうとする動きと同じ構図であるというもの。ナルホド。まさにそうですね。

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