伊坂さんが悩みを解決してくれるかもしれない〜「逆ソクラテス」を読んで〜

伊坂幸太郎さんの本との出会いは中学一年生の時だった。中学一年生の3ヶ月ほど、不登校をしていたのだが、たまに図書室にだけ行っていた。そんな時、本を探すわたしに図書室の先生が声をかけてくれたのだ。

「何か探してるの?」

「探してるんですけど、新しい作家さんを開拓したくて…どうしようかなと思ってるんです」

「それなら!このへんがオススメかな!」

と差し出してきたのは伊坂幸太郎さんの「ゴールデンスランパー」と恩田陸さんの「夜のピクニック」だった。

ミステリー好きでアガサ・クリスティと東野圭吾ばっかり読んでいたわたしにとっては新鮮な二冊だった。図書館の先生がわたしを「不登校児」としてじゃなく「ただの本好きの中学生」として見てくれている感じがして嬉しかったのもある。

そこから伊坂さんの描く爽快で、哲学的で、突拍子もない世界にハマってしまい、新刊を待ちわびては本屋に通い詰めるようになってしまった。今でも一番好きな作家は誰ですかと聞かれたら伊坂幸太郎さんと答えるし、伊坂さんに傾倒している若者って感じかもしれない。(恩田陸さんの作品も好きだが)

そんな伊坂さんが新刊を出した!その名も「逆ソクラテス」。哲学好きのわたしとしてはもう、タイトルからしてワクワクが止まらない。律儀にステイホームをして、楽天ブックスで注文、朝9時に鳴らされたインターホンにも飛び起き受け取る勢いだった。

「逆ソクラテス」は短編集だ。伊坂さんの短編集は短編なのに長編を読んでいる気分になることが多いのだが、これも例に漏れずそうだった。珍しく語り手は小学生。

短編は全部で5個あるが、その中でもタイトルになっている「逆ソクラテス」が何より好きだ。主人公の担任の先生は「この子はダメな子」「この子は優等生」といった先入観でガチガチなのだが、転校生の友人がそれをひっくり返そうと画策する。ソクラテスは「無知の知」というように「自分は何も知らない、ということを知っている」けど、あの先生は何でも知った気になって決めつけているから逆ソクラテスだ、というのだ。そんな小学生でソクラテスを知っている感心な転校生の彼の決め台詞が「僕は、そうは思わない」。彼によると、直接言えなくても心の中で念じておくと良いらしい。

とても単純なセリフにも思えるのに、自分まで応援された気分になってしまうのはなぜだろうか。かつてわたしにも同じような経験があった。小学生の頃、担任の先生がわたしの描いた絵や作品をクラスメイト全員の前で貶したり、わたしにだけ文句を言ってきたりしたのだ。(「自己肯定感が低すぎる」なんて記事の中でも書いたエピソードだが)でも、ただ一言、念じればよかったのだ。「わたしは、そうは思わない」と。

それ以来、誰も貶す人もいないのに自分の作る作品や演奏、料理すべてに自信の持てなくなってしまったことに悩んでいたのだが、それも少し楽になってしまった。やっぱり伊坂さんは、すごい。

先生による先入観の話もピグマリオン効果を思わせるが、「逆ソクラテス」には他にもいじめや犯罪のような教育学・心理学系の要素が詰め込まれた短編たちが揃っている。いくらでも語れるところだけど、全部について書いていたらとんでもなく重いテキストデータが出来上がってしまいそうだから、やめておく。

大人の先入観も、いじめも、答えの出すのが難しいテーマだし、自分自身が誰かに問われても自他共に納得できる答えを出すことはできないような気がする。それなのにこの本に描かれた伊坂さん流の答えはどうして心まで暖かくなってしまうのだろう。

もう20歳を超えたわたしの悩みの解決の糸口もすんなりと見せてくれてしまったこの本。学校のことで悩む学生も、生き方を考えてしまう大人も、みんな読んで損はしないはずだ。教科書よりも教科書らしいくらいだ。自分の中で考えて答えが出ず悩んでいることが、案外解決に近づくかもしれない。

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