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親戚が12人増えたビーチバケーション初日

てっきり、モニちゃんは海が大嫌いだと思っていた。湘南の海を「汚い」と言うし(こちらのエントリー参照)、テレビで海が映ると「怖い」と嫌がる(海洋恐怖症というらしい)からだ。ただ、どうやら「日本の(海水や砂が黒い)海が嫌い」なだけっぽいことがわかってきた。

モニちゃんはここ数年、父のエンツォと共に営むレストラン『パポッキオ』で働くようになってから、子供の頃にナポリの海で親戚たち遊んでいた記憶が鮮明によみがえっているらしく、ナポリの海は子供の頃の素敵な思い出として残っているようだ。

モニちゃんいわく、ナポリの親戚たちは夏になるとまるっと荷物をまとめてビーチリゾートに1ヶ月ほど滞在するそうだ。何をするでもなく、朝になったら弁当をこさえてビーチへむかい、日が暮れるまで海で過ごして、夜はご飯を食べて寝る。これをひたすら繰り返すらしい。

今回のナポリ探訪の旅の計画はほぼモニちゃん任せで把握していないのだが、どうやらこの日、僕たちは数日間滞在していたレッロとカルラの家を出て別の親戚たちが滞在しているビーチリゾートに合流するようだ。レッロとカルラの家を出るとき、彼らは出勤前に車で僕らを最寄りの駅まで送ってくれた。モニちゃんのことが大好きなレッロは何度も「なにかあったら電話しろよ」としつこいほど繰り返してモニちゃんに煙たがられていた。

レッロとカルラは近所のピッツェリアに連れて行ってくれた

電車で向かうのはアグロポリという町らしい。地図を見ると、現在地はカンパーニャ州の西側で、アグロポリがあるのはここからナポリ中心地を通り越したカンパーニャ州東側のサレルノ県だ。カンパーニャ州を西端から東端まで移動することになる。特急電車の車窓を眺めながらモニちゃんは「あれがヴェスヴィオ火山だ」とか「このあたりがいわゆるポンペイだ」とか「パポッキオのスタッフの地元がこのあたりだ」とか、さまざまな解説をしてくれた。

そのいきいきした様子から、モニちゃんがこれから会う親戚たちとの再会に胸を踊らせていることがうかがえた。モニちゃんは極めてわかりやすい性格で、寂しいと黙り込み、嬉しいと饒舌になるのだが、今はご機嫌でしゃべっているのでレッロとの別れは大して寂しくないようだ。別れ際のレッロはあんなに寂しそうだったのに、知ったら悲しむぞ。

そうこうしているうちに目的地の駅に到着。改札口を出ると、モニちゃんの叔父のジジが迎えに来てくれていた。すらりと身長が高く筋肉質なジジは、Tシャツと短パンのビーチスタイルでモニちゃんのトランクをひょいと持ち上げて車のトランクに積んだ。

久々の再開を喜ぶジジとモニちゃん

トランクの扉を閉めると、ジジは車のエンブレムを指でコンコンと叩いて「ダイアツ」と僕に言った。ん、ダイアツ?と思ったが、エンブレムを見るとダイハツの車だった。ああ、そういえばイタリア語話者はHを発音しない場合があるんだった。エンツォも菜の花を「ナノアナ」と言ったりする。どうやらジジはモニちゃんのパートナーである僕が日本人であることを事前に知っていて、ダイハツの車をアピールしてくれたようだ。僕のような初見のアジア人にも優しく接してくれてありがたい限りだ。

夏のアグロポリの夕焼けは忘れがたい美しさだった

最寄りの駅から、親戚たちが寝泊まりしているB&Bに移動する間に、ダイハツの車窓から真っ赤な夕陽に照らされたビーチが一瞬だけ見えた。B&Bに着くと日はすっかり暮れていた。車から降りて親戚のもとに向かう。モニちゃんにとっては親戚と再会する待ち侘びた瞬間で、僕にとってはアウェーに飛び込む緊張の瞬間だ。

まずモニちゃんは庭でうろつく上裸の金髪青年とハグをかわし、つぎに日焼けしたカチューシャのおばさんと壊れそうなほどの熱いハグ、室内に入ってティーンエイジャー1人、2人、3人と挨拶、ティーンエイジャーの母親らしき女性とハグ、乳児を抱えたママと再会、ママの夫とおぼしきのっそり背の高い男と握手、80歳くらいの女性ふたりと挨拶、おいおい待て待て、何人いるのだ。

叔母のマリアはモニちゃんをやたら力強いハグで迎えた

僕らが到着したのはちょうど夕飯時だったので、庭に並べた食卓に親戚一同が着席したところを数えてみると、なんと12人の親戚たちと新たに出会ったようだ。

僕とモニちゃんは婚姻関係こそないがパートナーとして長らく生活してきているので、今出会った12人はいわば僕にとっても親戚である。一夜にして親戚が12人増えた気分は筆舌に尽くし難いものがある。ただ、総じて言えるのは親戚たちは皆「お前がモニカのパートナーとしてふさわしいか見定めてやる」というスタンスの人はいなかった。とにかくみんなモニちゃんとの再会を喜んでいて、そのうえモニカがパートナーまで連れてきてくれてめでたい!といった雰囲気だった。そのおかげで僕は12人の初対面の親戚に囲まれながらもリラックスして晩御飯を食べることができた。僕としても助かる。

モニちゃんが特に熱いハグをかわして再会の喜びを爆発させていたカチューシャの女性は、エンツォの姉、つまりモニちゃんの叔母にあたるマリアだった。

マリアが人生で一番失敗したという14人前のアーリオオーリオ

マリアは僕ら14人の食べるパスタを巨大な寸胴鍋とフライパンを振り回して作ってくれた。シンプルなアーリオオーリオだったが、スパゲッティそのものの香りと塩加減が抜群で、ウウンとうなる美味しさだ。あとからマリアに聞いたら「このアーリオオーリオは人生で一番失敗した」と悔やんでいた。失敗作でこの美味しさだったら、もし会心のデキならどうなってしまうのだろうと、マリアの料理のレベルの高さに胸がときめいた。

食事をしながら、僕の正面に座っていたティーンエイジャーのひとり、ベネデッタが英語で話しかけてくれた。どうやら日本のアニメが好きらしい。僕もわりと人気のアニメは観ているので、Netflixのマイリストを見せ合いながら会話が大いにはずんだ。

話してみるとベネデッタは根っからのアニメオタクで、いつか日本に行ってみたいこと、自作でコスプレ衣装を作っていることなど、猛烈な早口で教えてくれた。彼女はヒロアカが好きらしく、僕が好きなシーンなどについて話そうとすると、ベネデッタは慌てて僕を止めて「ちょっと待って。日本ではコミックは何巻まで出てて、アニメはシーズンいくつまでやってるの?」と確認した。うかつだった。たしかに多くの場合、日本のアニメは海外で遅れて配信される傾向があるので、日本でのヒロアカ最新話の話をしてしまったら重大なネタバレをしてしまう可能性がある。初対面でネタバレをして嫌われなくてよかった。

それにしても、ナポリの親戚たちは食事中によくしゃべる。しゃべり声が大きくて、身振り手振りも大きい。さらに、ナポリ弁のイントネーションのせいだろうか、ケンカしているようにも聞こえるし、突然歌い出したのかと思うような抑揚が耳に残る。

親戚たちが大騒ぎしながらつまんでいたイチジク。人生で一番美味しいイチジクだった

ナポリの親戚たちは食事中の会話がうるさい、という情報はエンツォやモニちゃんから事前に聞いていたが、これほどとは思わなかった。僕の日本の親戚たちも大勢で集まって賑やかに食事をするのが好きなので、違和感なく順応できたが、もし僕が静かな食事を好む核家族だったらこの騒音に1日でノックアウトしていてもおかしくない。

かくしてこの日、一夜にして親戚が12人増えるという数奇な体験をした。自分で言うのもアレだが、そのわりにはすんなりナポリの親戚たちに馴染めたと思う。日本もお硬い「両家顔合わせ」なんてせずに、とりあえずビーチリゾートのコテージの中庭で宴会をすればすぐ仲良くなれるのに。


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