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【米国事情】公務での負傷者へのダメージを官民でどう手当するか

米国では、市民の安全を守るために負傷した人に対する制度が存在する。

日本が「戦後」と呼んでいるこの時代に、米軍は国際社会の秩序を守る役割を果たしてきた。その代償として米国が抱えるのが多くの傷痍軍人だ。その人たちの心身の治療や生活を退役軍人省のみならず各種非営利団体が支える。それを今私は自分ごととして体験している。

同時に、日本で私たちの安全を支えている人たちへの手当に思いを馳せる。

PTSDや外傷性脳損傷

アメリカでは、軍の装備が発達して見えない傷を抱える人たちが増えた。外的な脳への障害や、PTSDによるメンタルヘルス、自律神経失調症だ。

2001年9月に同時多発テロがアメリカを襲い、2021年8月に米軍が撤退するまで実に20年間、アメリカからは米国を守ろうと志願した多数の若者が次から次へとテロを根絶するためにアフガニスタンに送り込まれた。ゲリラ戦で戦うタリバンは簡単に遠隔で操作できる即席爆発装置 Improvised Explosive Device (IED) で米軍を狙った。それに対抗して米軍の装甲車や軍用ヘルメットの精度はどんどん改良されていった。

初期には命を落とし、四肢を失う兵士が絶えなかったが、だんだんと頑丈な装甲車とヘルメットに守られていった。爆破されても、兵士は繰り返し脳震盪を起こし外傷性脳損傷(TBI)により脳組織が破壊されながらも、戦力としてしばらく維持できる状態を保てた。戦い続けるボクサーやアメリカンフットボールの選手が、高次脳機能障害を起こすと言う状況に似たものがあるだろう。

支援を求めたならば

退役軍人省のクライシス ホットラインという公的な窓口がある。そこに電話して状況を説明しても的を得ない対応だ。退役軍人省やその医療機関は日本の介護保険を使うくらいに複雑で、予算の関係で人材不足とも聞く。

横須賀の米海軍基地の退役軍人調整官は、自身もNYの警察官として同時多発テロの救助に携わったという人だった。同僚警察官の多くはその後自ら命を絶ったと言う。壮絶なPTSDやサバイバーズギルトか。その人は親身になって相談に乗ってくれた。

その調整官からは、長いこと戦争を経験していない日本では、そういうメンタルヘルスに対する偏見やスティグマがあると聞くが、と聞かれた。

少しずつ変わっている、例えば外務省では、災害時の支援のトラウマに対処すべく制度がある程度作られている、とは答えたが、世の中では被災者のメンタルヘルスが多少認識され始めた程度だろう。福島の原発処理や東日本大震災や他の災害救助に関わる消防隊員、自衛隊員、警察官のメンタルヘルスを気遣った政府答弁なぞ聞いたことがないし新聞報道では目にしない。能登半島地震の支援に向かう際に日航機と衝突した海保機の機長が受けた心身のダメージは計り知れない。

「特殊部隊症候群 Operator Syndrome」

通称グリーンベレー、米陸軍特殊部隊を退役したばかりの友人が2019年にアフガニスタンに派遣された時、グリーンベレーの7人がその後自死を選んだと言う。陸軍特殊部隊は1チーム12人で構成され、一度に派遣されるのは通常1チームだ。ミッションで、7人という言い方をしたので1チームの内の7人だとは思いたくない。聞き返すことも憚られた。

友人は下士官として最高峰まで上り詰め、隊員のメンタルヘルス促進を訴えていたそうだ。そう言う本人もPTSDで30日間の入院を経たばかりで、なんとか前進している。幸せそうだった家庭は崩壊して今は独り身だ。後述の調査によると、特殊作戦に限ると、部隊によっては離婚率が9割だそうだ。長い出征中、残され、心配する家族のトラウマも計り知れない。戦死が確認されると、報道が出る前に軍服の将校が玄関を鳴らすそうだ。電話がかかって来ると命は取り留めたと言うことを意味する。

やっと2020年に「オペレーター症候群」と言う名の医学論文が発表され、特殊部隊への心身への負担や被害が調査の上学術的に解明され、その治療法や予算措置を訴えている。

日本でも外務省では、人が殉死して初めて制度が作られていった。過労死や突然死で失われる命もたくさんあった。立派な人に限って、と若くして逝く人が惜しまれた。

米軍の場合は一人や二人ではなくたくさんの命が失われて、たくさんの人が声をあげて、連邦下院議員や連邦上院議員が地元から突き上げを受けてやっと物事が動く。政治家が次期選挙に落ちないように、と付け焼き刃で制度を作っていく。一つの有権者団体である退役軍人は、大きく選挙資金を動かす層ではないが共和党の支持母体だ。

ただし、米国には全てを政府に委ねない互助の文化があり、市民社会が育つ。深夜に連絡を取った非営利団体が現地の医療機関と調整してくれた。精密検査を受け、本人の治療を確立した後で、家族のトラウマにも目を向けてくれるとのことだ。

戦争がない世界というのは本当によい。平和で治安も良い日本という国は本当にありがたい。

でも暴力やテロと戦っている、為政者に闘わさせられている人に対する感謝の気持ちがもっとあっても良いのではないか。オスプレイが訓練中に墜落した時に、もっと日本に駐留している米兵の一人ひとりの人生や命にも目を向けるべきではないか。

そして日本人としては、私たちの安全を守ってくれている自衛隊員、警察官、消防士や救命隊員に海保の職員も、壊れうる一個の人間であることを誰もが理解すべきではないか。

近々私は渡米し、大学病院での3週間のプログラムの結果を聞きに行く。渡航費は先方持ちだ。理学療法、行動療法、アートセラピーや馬セラピー。そこで見聞きしたことを日本の行政機関に伝える術が欲しい。日本にも互助の精神や市民社会が育つことを願っている。


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