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note版 哲学ダイアグノーシス 第二十三号 ツールとしてのヘーゲル哲学(6)

<note版>

あなたの想いが哲学になる、

経営者・ビジネスリーダーのための読むエクササイズ

<哲学ダイアグノーシス>

第二十三号 ツールとしてのヘーゲル哲学(6)


令和二年、皆さま、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

さて、新年をむかえるにあたり、皆さまはどのような抱負をお持ちになったでしょうか。私はと言えば……

「大人こそ、もっと哲学を!」

私のこの抱負、「大人こそ」というところが大切です(笑)。

皆さんは、「哲学プラクティス」という言葉を見聞きしたことがあるでしょうか?文字通り、「哲学の実践」、つまり従来のように哲学を大学などで教わったり哲学書を読んで勉強したりといった「学問」として学ぶのとは異なり、「対話」などを通じての哲学の実践を意味します。フランスの哲学者マルク・ソーテが1990年代にパリで開始した、一般市民を対象とした哲学的な対話のための集いである「哲学カフェ」と似た試みが2000年代に入ってから日本でも普及し始め、哲学カフェと類似の集いである「哲学対話」の会なども含めますと、現在では日本全国のどこかで毎日開催されているのではないかと想われるほどの活況ぶりです(私自身も「竹林茶話会」という哲学カフェを主宰しております。ご関心のある方はお問い合わせください)。このような流れの中、2015年には日本全国の哲学カフェや哲学対話の会の関係者の集いである「哲学プラクティス連絡会」が発足しました。

日本において哲学プラクティスを普及させてきたのは、主宰者にせよ参加者にせよ、その支え手の多くはアカデミックな世界とは無縁な一般の人たち、専門的な哲学教育を受けたことのない人たちでした。私のような哲学的なバックグラウンドを持つ主宰者はむしろ少数派であるといっても良いでしょう。だからこそ、哲学プラクティスは従来の哲学にはない、自由で新鮮な魅力に満ちているのです。しかし比較的最近になってから哲学プラクティスを「学問」として(!)研究しようという学会や研究会などが設立され、また、哲学科の専門科目として哲学プラクティスを「学ぶ」ための授業が行われている大学もあります。

ところで、哲学プラクティスの中で最近特に注目を集めている分野があります。それは「子ども哲学」というものです。これは文字通り、子どもたちに哲学的な対話をしてもらおうという活動です。「子ども」とされるのは幼稚園児から高校生まで幅広く、「小学生限定」、「高校生限定」といったかたちで開催されることも多いようです。子ども哲学もまた、さきにお話した哲学カフェや哲学対話の会と同じように一般の方々が主宰されたり参加されたりする会がたくさんありますが、各地の小中高等学校において授業や課外活動として取り入れられてもいます。いずれの場合にも、対話を通じて哲学的に考えるための「方法」を身につけてもらおうことを大きな目的としているようです。

さて、実はわたくし、このような流れについて、ちょっと複雑な想いを抱いております。特に哲学プラクティスが「学問」の対象となりつつあること、そして、「子ども哲学」については、こういった動向自体はもちろん悪いものではないと想いながらも、すくなくとも現在のところ、私自身が子ども哲学にかかわりたいと想うかというと、う~ん、という感じです。なぜかと言うと……
……。
……。
……我らがヘーゲル先生の「せい」なのです(笑)。

今回は特に、「子ども哲学」について、ヘーゲルの「ソクラテス論」を手がかりとして、考えてみたいと想います。


悲劇の、いや、喜劇のヒーロー、ソクラテス!?

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