戦闘服からヘッドセットへ 23 ~life plan~
「熊さん、この前の飲み会、先に帰ってたのか」
あの日の飲み会から、すでに数日が過ぎていた。
「ん?ああ、お前らに付き合いきれる訳ないだろう。もう40代のおっさんだぞ。体がもたない」
喫煙ルームには、2人しかいないようだった。
「まぁ、しゃーないな。あと置いていった1万円、多すぎる。一応、使わせてもらって皆にはその分、少なく済ましたけど。悪いから、俺から、多かった分は返すよ」
そう言って、上杉は財布から5000円を出した。
佐々木は受け取らない、というジェスチャーをしていた。
「そんなの、普通は忘れるぞ。誰も気にしない」
上杉がいつまでもお金を押し付けてくるので、笑いながら上杉の財布へ戻させた。
「お前は、そういう所。やんちゃそうに見えて、律儀だな」
「誠実って呼んでくれ。金と女は、中途半端にしたくないんだ」
そう言うと、ニヤリと笑った。
その姿を見て、佐々木は取って付けたような、呆れ顔をしたかと思うと、わざと臭く真面目な表情で言った。
「おう、それは信用が出来る男だ」
「だろ」
フロアでは、電話の混み合う正午過ぎという事もあり、オペレーターもリーダーもお客の対応に追われていた。
“坂口さん、時間が空いたらチャット下さい”
莉里のもとに届いたそのチャットは、フロアトップの十条あかり、からだった。
十条さんからか、珍しいな。思い当たる節があるとしたら、この前言ってた話の結論かな。
Dasrでは、数か月に一度、フロアトップとSVとの1on1ミーティングが組み込まれていた。ミーティング内容は今の仕事に満足しているか否か、人間関係に問題はないか、上のやり方に不服はないか、など忌憚のない会話が繰り広げられる。時には、プライベートな会話をしたかと思うと、まだ打ち出されていない新しいプロジェクトについて、口外無用という事で意見を求められる事もある。
先月に行ったミーティングでは、結論が出ないままの内容があったため、莉理も考えていた所だった。
十条とのチャットでのやりとりを終えると。莉里は珍しくジャケットを羽織り、指定された会議室へ向かった。
「遅れてすいません」
「いえいえ、こちらの方が忙しい時間に申し訳ない。この時間しかとれなくて」
十条は、フロアトップという立場でありながら親しみやすい上司で、いかにもバリバリ働く強めの女性というよりも、姉のような安心感と母のような柔らかさで寄り添ってくれるタイプだった。
会議室で向かい合った二人は、お互いに緊張しているようで、持参したドリンクをごくりと飲み合った。
「坂口さん。単刀直入に、この前、話し合った事なのだけど」
「あ、はい。なんだか、意見が食い違った感じで終わっていたので、私も、よくよく考えていました」
「うん。・・・食い違うというか。私も、あれから色々思いを巡らして。やっぱり、あなたの考えやこれからの生活というか、生き方を尊重していきたいと思うの」
莉理は少し笑顔になった。
「ありがとうございます」
「坂口さんにも人生設計や、計画があるわよね。これから、路線変更も考えていたりするのかしら?」
「・・・そうですね。社内には公務員試験を受けてる人や他社に引き抜かれる人もいるので、それは上の方も理解があるんだなと、うちの会社の良さを感じています」
会議室から出た二人は、話し合いの前とは違って肩の力が抜けたようで、安堵感が漂っていた。
「それじゃ、まだ協議は必要だから、社内で公言しないように。もしかすると、私以外の人とも面談になる可能性もあるので」
「あ、はい」
莉里は、高鳴る心拍数と、紅潮した頬が元に戻るのに、時間が必要なようだった。
十条の後ろ姿を見ながら、心は一つに固まったんだと実感していた。
「よし、決めたんだから。もう前に進むだけだ」
莉里は覚悟を決めた目で、そこから歩みを進めた。
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