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かりんのかんづめ 〜奇跡の新聞社内定〜


 
 私は、約3年の高校家庭科教員を終えると、海外留学をするか就職活動をするか考えた。

 気づくとすでに26歳だった。

 一時期、留学したいと考えていたけれど、若さに任せて3年間、仕事にパワーを捧げ過ぎて行く気力がなくなっていた。とりあえず、田舎の学校に勤務していたので札幌に出て仕事を探すことにした。

 もう、気づけばアラサーに入り始めていた。バリバリ働くよりも、少しゆっくりと自分の時間も欲しい。
 お給料は安くても構わないから、残業をしなくて良い仕事をしよう。
 大学を出る時、やりがいのある仕事だと張り切って20代のエネルギーを生徒に捧げていたら、実年齢より5歳ほど老いた気分だった。

 求人に正社員で残業なしは事務が多く、事務系の資格がない私は経験者や資格のある人に勝てる訳がなく、履歴書で落ちていた。

 やむを得ず、色んな所に送って面接まで行ってみた。怪しい介護製品の営業、面接日に担当者が忘れていたと言うウェディング会社。
 
 徐々に、就職活動へ不安を覚え始めた頃、良い求人を見つけた。お給料は今までの求人よりずば抜けて良かった。正社員、勤務時間も希望通り、仕事は・・・。

 新聞社の編集部・記者と書かれている。
 うわぁ、また忙しくなりそうな所。一気にやる気が失せてきた。

 だけど、背に腹は代えられない。履歴書をすぐに送った。当時、1月から3月までの短期で児童会館の臨時職員として働いていた。
 この3か月で就職しようと考えたが、よく考えると結構な就職氷河期だった。

 すでに札幌でアパートも借りているし、車も持っていたので貯金が底をつく前に何としても仕事につかなくてはいけない。
 携帯電話に連絡があり、出るとあの新聞社からだった。履歴書が通ったとの事、試験と面接についての連絡という事だった。 
 
 ダメ元で送ったのでかなり驚いた。そして、再び大変な仕事になるかもと憂えた。

 なんと、最初の試験の日が児童会館の仕事と重なっている。試験時間のうち半分しか出られない。

 これを言い訳に断ろうと考えた。
「行きたいのですが、児童会館で臨時職員をしておりまして。試験の途中で仕事に行くため抜けなくてはいけません。ご迷惑をかけたくないので、今回は辞退が良いかと」
 これで不安要素が消える。

 電話の向こうの優しい声をしたおじさんは
言った「いやぁ、実は今回の応募は150くらいあったんだよ。その中で通ったのが5人でね。だから、途中で抜けて良いから来た方が良いよ」。
 断るのが苦手な私は「あ、わかりました。行きます」と答えていた。

 会社へ行ってみると、自社ビルだった。それがまたプレッシャーとなり、やる気を削いでいった。

 試験はペンが進まず、終わって帰る頃には、落ちる気しかしなかった。

 数日後の面接は、お休みだったので問題なく参加出来た。
 最後くらい頑張ろうと、よくある面接内容を何度も練習して行った。なぜこの会社を選んだか、長所・短所、これまでの経験から得たもの、自分が御社に勤めて貢献出来ることは、などなど。

  私は、5人のうち最後の面接だった。
順番となり、部屋へ入ると立派そうな二人のおじ様がいた。眼鏡をかけて長身の優しそうな方が右側に、白髪で目の大きなオーラのある少し小太りな方が左側にいた。
 白髪の方は「おお、女の子は君だけだな」と言い、世間話をしだした。

 話は止まらなかった。私は目を見て頷き続けた。隣の長身おじ様にも「なぁ、北や南にもビルあったよな、最近はあっちの方が良いのか?」など話を振っていた。
「ええ」「はい」など特にバリエーションのない返答をしながら表情だけは色々変わっていたような気がする。
 用意した面接の内容を一度も振る舞うことなく、おじ様は最後に「君、目が良いね」と言ってくれた。

そして、「ところで、試験の結果ね、実は君が一番悪かったよ」と言った。

 ・・・やっぱりか。

「君の大学の先輩がうちにいて、活躍している。今日来た男たちはなんだか骨の無い奴が多かったな。君はいつから来られるの?」
 私は4月からであることを伝えると。
「おう、4月だな。うん、丁度良いな。あとは部長が聞いておいて」
 そう言って、颯爽と部屋を出て行ってしまった。

 すると、長身のおじ様である部長は「今の方ね、取締役だよ」と言い、カレンダーを確認した。 

 取締役!!人事とかじゃなく?!
そして、笑顔で「君に決まったって事です。4月からで大丈夫かな?」


・・・奇跡とはこの事でしょうか。人生何が起こるか分らない。


 そこから、足掛け5年。函館転勤も経験させて頂き、文章の書き方ももちろん学ばせて頂きました。全て今に繋がっています。


 人生はどこでどうなるか解らないなぁ。
これからだって、お婆さんからデビュー・グラビアアイドルとか。宇宙でカフェ経営とか、「いやぁ、老後に宇宙移住してカフェをやるなんて思ってもいなかったわよ!毎日、とても楽しいわ」。

 なんて笑顔で取材を受けているかも知れない。

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