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戦闘服からヘッドセットへ  24 ~涼やかなイケメンの正体~




 札幌の夏は短い。7月に入り、とうとう夏がきた。と思うと、すぐに8月となり、秋がきてしまう。これまでは、そう言われる事が常だった。
 平成の時代は、「今年、夏と呼べた日は、一体どの日だろうか?」と腑に落ちずに終わる事が多く、それくらい涼しかったのだ。

 これが、一体どうした事か。ここ最近は、温暖化の関係なのか、これぞ夏の暑さ、と呼べる気温を容易に達するようになっていた。
 本州の暑さから逃れようと北海道へやってきた旅行者が、テレビ局に街頭コメントを求められ、「涼みに来たが、あんまり暑さが変わらない」と答えてしまうほど。

 Dasrにも、とうとう暑い季節、7月がやってきた。

「今年の夏は暑いわね。職場まで来るのに、汗だくって何?」
「いやいや、北海道も最近は普通に30℃越えるよね」
「いや、本当。でもさぁ、1時間もするとフロアのクーラーが効き過ぎて、結局寒くなるんだよね」
 中路は、朝ミーティング前の時間をチームメンバーとのお喋りで潰していた。

「そう思わない?横尾君」
 中路は、プリントを配って歩く横尾へ声をかけた。横尾は、薄い水色のシャツに韓国アイドルさながらのパンツを履いていた。ナチュラルに中分けされた前髪も彼の爽やかさを惹きたてていた。
「確かに暑いですね。まぁ、神奈川出身の僕からしたら、余裕ですけど」
「神奈川県出身なの?なんか、わかる気がする」
 配られたプリントには、明日から導入される新しい取組内容が記載されていた。

 中路は、思い出したように横尾に小さく手招きをし、周りを見て、こちらを気にしている者がいない事がわかると、顔を近づけ小さな声で話した。
「あのさ、あなたの所の、坂口SVの噂は聞いてる?」
「え、莉里さんですか?・・・いや、何かありましたか?」
 横尾は、嫌な噂だろうかと懸念したが、いつもと変わらない口調で聞いた。

「ああ、・・・横尾君も知らないのか。いやいや、私、十条さんと仲が良いからさ。どこまで周知されてる情報を教えてくれたのか、解らなくて。まぁ、私みたいなぺえぺえに言うくらいだから。今日、明日には知らされる内容だと思うよ」
「はぁ」

 横尾はここまで聞くと、さすがに気になって答えが欲しかったが、これ以上聞かない方が良さそうだと感じたのか、自分のチームへもどって行った。


 早シフト勤務の上杉は、お昼を終え、食堂を出るとエレベーターへ向かった。
 向こうから、他部署かと思われる20代中頃の男性が、こちらへ向かって来るのが見えた。
 可愛い顔立ちをし、イケメンの部類に入るタイプだった。もう少し痩せると、日本のアイドルグループにでも入れそうなレベルの容姿に見えた。

 相手が徐々に近づくと、その姿に驚いてしまった。
「え?まさか・・・」
 近づき、上から下までまじまじと容姿を見まわした。
「おい!三平だよな?痩せたのか?髪の毛も、いつの間にか伸びまくってる!」

 三平は、声をかけるまで涼やかな顔をしていたが、上杉と気づくと、すぐに笑顔へ変わった。

「え?わかる?実は6kg痩せたんだよ」
「6kg?!やっぱり、格好よくなってる。顔も痩せて変わってるし。なんか、可愛い系のジャニーズみたいだぞ」
「本当に?」

 三平は嬉しさを隠しきれないようで、頬が緩んでいた。服装も、誰かにアドバイスをもらったのか、チノパンではなくスラックスとなり、三平のワードローブからは見た事のないオープンカラーシャツを着ていた。
「そんなにポテンシャル高かったのか。やったな!」

 三平は心から嬉しそうな顔をしていた。
「いやぁ、田中さんと一緒にこの3か月頑張ったんだよ。田中さんが、食事制限のためにレシピくれたり、たまにサラダを作ってくれたりして。僕も励まされて頑張ったんだ」
「おおう、瑠美もジムに行くって言ってたもんな」
「うん、そうなんだ。高橋さんも痩せたんだよ。僕ほど太ってないから、体力作りを重点的にしてるけど。それで、けっこう、仲良くなったんだよね」
「ああ、そうなのか」

 どうやら、洋服のセンスも瑠美のようだ、と上杉は察した。それだけではなく、三平の表情は、思春期の女子特有のウキウキに染まった、あれのように見えた。三平の目がいつもと違い、キラキラと輝いているのだ。

「そうなんだよね。・・・うん。そう」
 三平は何か、別の事も言いたいのか、うん、そう、を繰り返し、次の言葉がなかなか出なかった。
「それで、僕さ、実は・・・」
 周りを確認しながら、もごもごと言おうか言わないか迷っているようだった。

 上杉は、これはやっぱり、と予感が的中しそうな気がした。
「三平、まさか・・・」
「僕・・・、僕さ」

 上杉は、三平から言い出すまで、何も言わずに待っていた。

「僕、あのう、田中さんが女性として、良いなって思う!」

 決意を込めたように、両手の拳を握りしめていた。

「うおお、マジか!良いぞ、瑠美はああ見えて良い奴だからな。少し口が悪くて、まっすぐ過ぎるけど、仕事も出来るし良い女だぞ」
「うん、あの。これから、色々と相談をするかも知れない。あと、ここだけの話にしてね!」
「おう、当たり前だ」
「あ、じゃ、時間やばいから、行くね」

 三平と話を終えると、上杉は自分の事のように浮かれた気持ちで、喫煙ルームへ向かった。

 不意に背後から、柑橘系の香水の香りが漂う感覚がしたので、振り返った。
「あ、やっぱり、虎ちゃん。おはよう!」
「・・・え?」
 上杉は頭で整理がつかなかった。

 声は聞き慣れた、いつもと変わらないものなのに。目の前の主は、明らかに違った。
「虎ちゃん、今日は仕事?私、休みなんだけどさ、忘れ物を取りに来たんだ」 

「る、瑠美か?お前、その抑えた髪色にサラサラヘアはどうしたんだよ。前まで、派手な色に巻き髪だっただろ。それに、膝丈のスカートって、清楚か!」

 瑠美は、ずばりと言われ、戸惑った顔をしたかと思うと、視線を左に向けてから右に移しながら答えた。
「嫌だなぁ、いつもこうだよ。確かにスカートは少し長いけど。髪型は飽きてたからさぁ。とにかく、そんな変わんないって!」

 明らかに変わったものを、照れくさそうに必死に否定している。
「いやいや『いつもこうだ』は、無理があるぞ」
「はいはい。ところで、今日、三ちゃんは休みなのかな?会えると思ったんだけどな」

 瑠美は、いつもより乙女な空気感を漂わせながら、それじゃあ、と笑顔で手を振り、エレベーターへ向かった。
 扉が開き、乗り込むと、驚いたままの上杉へ向かって再び手を振った。 
「虎ちゃん、仕事頑張ってねバイバイ!」
「虎・・・ちゃん?」
 上杉は驚いた顔のまま、立ち尽くしていた。 

 先ほどから見ていたのか、上杉のすぐ横を佐々木が通って立ち止まり、エレベーターを見て言った。 
「そう言えば、三平は、乃木坂が好きって言ってたな。・・・好きな男に染まるタイプだったか」
 そう言うと、進行方向へ向き直し、哀愁が漂う後ろ姿を見せながら喫煙室へと向かった。



「まぁ、良いんだけどよ。二人とも良い奴だから。いや、変わりすぎだったから、驚いちまったんだよ」
「ああ、まぁ。兎に角、二人とも笑顔だったな」
 熊虎コンビは、いつものように煙草を吸っていた。

 そこへ、新藤ASVがやって来た。

「おお、新藤。見たか?瑠美と三平の姿を」
「え?三平君は見たけど。田中さんは、来てなかったかな」

「いや、容姿を見たかって」
「え?ああ!イメチェンしたやつですね」
 上杉は何か言い出そうとしたが、新藤が先に声にした。
「・・・これは俺の憶測なんで、言わないで下さいよ。なんて言うか、もうお互いに恋してますよね」
 三人の考えは一致した。

「おおう、若いやつは良いな。この期間が一番良い時だろ」
「もう、時間の問題ですよね。すぐでしょうね」
「だな、三平が勇気をだすか。瑠美が言っちゃうか、だろうな」

 上杉は窓から見える青葉を見ながら、思いを吐露した。
「なんだろな、この気持ち。嬉しいのに寂しいな。・・・俺、彼女いないからなぁ」

「・・・俺は離婚してるからなぁ」
 新藤は気まずそうにしていた。
「飲みに行きますか?」
「お、行くか?いっそ三平も呼んで、いじりまくってやるかな」

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