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戦闘服からヘッドセットへ 20 ~勇者になった日~



 瑠美は売店に入ると、悠馬が缶コーヒーとパンを手にしているのを目にした。
「今日のお昼は軽食なの?」
「おお、瑠美ちゃん。びっくりした」
 悠馬は、驚いた表情をしたが、すぐにくしゃっとした笑顔を向けて来た。可愛い顔とは裏腹に、背の高さやスタイルの良さはモデルのようだ。 
 身長160㎝にヒールの高い靴を履いた瑠美でも目線が少し上になってしまう。 
「すぐに食べられるものを、音楽聴きながら一人で食べるのが好きなんだ」
 そう言うと、じゃあと手を振り、食堂へ向かった。瑠美は手を振り返し、後ろ姿を見ていた。

 この人ってこういう所あるよなぁ、すごく近いと感じる時もあれば、いきなり距離を感じる瞬間が。
 瑠美は名残惜しそうに、いつまでも後ろ姿を見ていた。悠馬がイヤホンをしようとした時、その横を20代前半くらいの女性オペレーターがすれ違った。瑠美が働くフロアでよく見かけるので、同じ部署かと思われた。
 2人がすれ違う瞬間、悠馬はポケットから何かを取り出し、それを女性に手渡した。
 意識して見ていなければ、誰も気づかない速さで、本当に一瞬の事だった。女性はそのまま、売店の方に向かって歩いて来る。  
 瑠美は動揺したが、雑誌を探しているフリをしながら通り過ぎる女性を見ていた。清楚で可愛らしい雰囲気をした、儚いという言葉がぴったりな子だった。売店の前を通り過ぎた時には俯き、目に涙を浮かべていた。
 瑠美は彼女の手に握られていた物が見えると、驚いてその後ろ姿を追い掛けていた。彼女がエレベーターに乗ったので、ダッシュで中へ入った。二人きりになったため、瑠美は声をかけた。
「あの、ごめんなさい。少し良いですか?」


 いつもの居酒屋、『串と道』は、この日も大盛況だった。
「ぷはー!ビールが美味い!」
 瑠美の飲みっぷりに、横に座る莉里は微笑した。
「チームのみんなで飲みに行く事はあったけど、高橋さんと2人は初めてだよね。」
「そうだったけ?職場でいつも会ってるからね。莉里ちゃんは残業多いし、飲みに誘いずらいんだよぉ」
 いつもはチームのメンバーで来ている居酒屋に、瑠美と莉里は珍しく2人で来ていた。
「ここのカウンターも初めて座ったかもな」
「少人数で来る事があんまりないからね」
「そうだね。あっ、虎は、熊さんと2人でよく来るらしいよ」

 一杯目のビールはすぐに空となり、2人の会話も止まらなかった。
「私さ、4月で28歳になったんだよね。早生まれを呪うよ、もし3月生まれなら来年まで27歳でいられるんだよ」
「そう!同い年だからわかる」
「本当に?私だけかと思ってた。だってさ、25歳越えるとそこがシビアに感じるの。何月生まれかで感覚が違うんだよ、同じ学年なのに(笑)」
「もしかしたら、あるあるかもね」
「うん、そんな事より!今回は高橋瑠美先生の勇気で女性オペレーターがたくさん救われたよ。全フロアの風紀委員か、勇者かって言う」
 瑠美は舌をペロっと出すと、お道化て言った。
「勇者に任命して頂けるんですか?」
「もちろんです、任命します!」
 莉理がそう言うと、2人は声を出して笑い合った。


 あの日、悠馬から何かを受け取った女性。彼女の手に握られていたのは家の鍵だった。
 瑠美の目に入った瞬間、頭の中で勘が働いた。女の勘はよく当たるとは言うけれど、当たっているか否か考えるよりも行動に出ていた。
 容疑者を捕らえるための証拠をつかむ刑事にでもなったように。

 瑠美に声をかけられた彼女は驚き戸惑っていたため、優しい口調でゆっくりと伝えた。
「あのう、お話をしたくて。風見悠馬さんについてなんです。最近、女友達が頻繁に会ってるみたいで心配になっちゃって。失礼ですが、彼から鍵を受け取ってましたよね?」
 あまり具体的な事は言わずに、カマをかけてみた。
 彼女は目を見開いて頷いた。
 お昼時間は終わりに近づいていたため、仕事終わりに食堂で話をする事となった。

 このあとどう聞き出そうか、と考えながら瑠美がフロアへ足を向けたところで、中路に声をかけられた。
「あ、瑠美ちゃん。フロアにもどるの?」
「あ、はい、これから戻りますよ。中路さんは遅いお昼ですか?」
「いやいや、違う。売店にペンを買いに来てたの」
 どうやら先ほどから売店に居たようだった。中路はチラっと周りを確認すると、小声で質問をしてきた。
「さっき、反対フロアの風見と話してたけど。仲が良いの?」
 中路を見ると、何か含みを持たせた顔をしている。
「いえ、この前の研修で何回か席が隣になって。それで話すようになっただけで」
「そうか、・・・嫌な気持ちにさせる事を言うかも知れないのだけど。あの人には気を付けた方が良いよ」
「え?どういう意味ですか、何かあるとしたら知っておきたいです」

 瑠美は情報網の広い中路から話を聞いて、腑に落ちた気がした。
「中路さん、有力情報ありがとうございます」



 食堂で再び会った彼女は遠藤萌花という子で、聞くと入社してまだ半年の新人。瑠美は、怖がられないように柔らかい声で語りかけた。
「遠藤さんを追及するとかではないので安心してください。鍵の件ですが、付き合ってるんですか?」
 彼女は、流行りの儚げな前髪にストレートの長い髪を毛先だけ巻いていた。強く男性に言われると断られなさそうな雰囲気と透明感が漂っていた。
 初めは話そうか悩んでいたようだったが、意を決したように彼女は口を開いた。




“風見さん、お仕事お疲れ様です。この前は楽しかったなぁ、また飲みに行きましょ💛”
“瑠美ちゃんからお誘いのLINEがくるなんて珍しいね。今週は土日に予定が入ってるから明日、明後日だと良いよ”
“やった!私も空いてます。明日はどうですか?”
“良いよ。職場から二人で出るのは気まずいよね。現地か駅で待ち合わせしようか”
“じゃ、この前のBarのビル前はどうですか?ご飯食べたかったら移動すれば良いし”
“良いよ!”


 勝負服のミニスカートに春ブーツで気合は充分。栄養ドリンクも飲んだし、負ける気がしない。
 瑠美は約束したビルの前に悠馬が来たのを遠目で確認すると、電話をした。
「あ、遠藤さん。奴が来たのでこれから動きます」

 瑠美は悠馬と目が合うと、アイドル並みの笑顔で手を振った。
「風見さん、お待たせしてすいません」
 ビルの前に立つ悠馬は、爽やかな白いシャツに黒のラフなジャケット姿で、近づくと香水の香りが漂った。
「いやいや、誘ってもらえると思わなかったから嬉しいよ。この仕事って土日勤務多いから平日しか遊べないよね」
「そうですよね。あれ、でも風見さんて、土日休みのシフトにしてませんでした?」
「え?あ、詳しいね」
「いや、日曜勤務の方がお給料上がるのに珍しいなと思ってたんです。そんな事より、ビルの奥に行きませんか?」
 そう言うと即座に悠馬の腕を組み、奥へ連れ出した。悠馬は鼻の舌を伸ばし、嬉しそうな表情をしたが、前を向くと顔色を変えた。

 そこには、先日、鍵を返したはずの遠藤萌花が立っていた。
「え、なんで、ここに?」

 瑠美は悠馬の耳を引っ張り、ドスの効いた声で言った。
「なんでここに?じゃないんだよ、このクソ男が。この子の女心と時間を返せ!」
「いや、これどういう事?」
 下を向いていた彼女は震えながら涙を流していた。




 萌花は、食堂で苦痛な思いを赤裸々に語った。
「私は付き合っていると思ってました。でも・・・」
「でも?・・・ええと、さっきの鍵って、風見さんの家の鍵だよね?」
 彼女は首を左右に振った。
「この鍵は彼の家じゃなく、私の家のスペアキーです。毎週、彼が来るので、3か月前から鍵を渡していたんです。付き合おうって言われて付き合って、・・・その時に周りに知られるのは気まずいから職場では秘密にしようって言われて。私も仲良しの人とか少ないし、噂が広まるのが嫌なのでそれが楽だなと思って」
「ん?だとしたら、普通に付き合ってて喧嘩別れしたって事?」
「私も、付き合っていたと思うんですが。分らなくなって」
「わからない?」
 瑠美は頭を傾げ、次の言葉を待った。

「私、相手の家に行った事がないんです。実家暮らしだから、まだ家には呼べないって言われて。最初は気にならなかったんですけど、最近、彼のフロア側の先輩と仲良くなって、ちょっとした世間話で聞いてしまったんです。彼が、職場の女の子と2人で、街中を歩いている姿を見た事があるとか、毎回違う子だとか。信じたくなかったんですけど、よく考えたら土日は会えなかったりLINEの返事の時間もおかしかった。だからすぐに問い詰めたんです。そしたら、逆切れして急に冷めたって言われて。・・・別れ話に」

 瑠美は、クソ男!と言いたい所をグッと堪えて続きを聞いた。
「渡していた私の家の鍵を返されたのがさっきです。LINEも、もうブロックされているみたいで既読になりません」



 瑠美は悠馬の耳から手を離し、話を続けた。
「この彼女に一言も謝りもせず、逆切れ別れをしたと聞いております」
 悠馬は感情のない表情で宙を見ていた。
 瑠美はニヤリと笑い、続けた。
「あと、リサーチして、そっちのフロアの人間に全部聞いたけど、同時に色んな女の子に手を出して、最後は彼女と同じように泣き寝入りさせたんだって?彼女があなたとのLINEは証拠として持ってますし、SVに相談する事も出来ますが。確か、去年、同じような事した上司が、降格だかクビだかになってましたよね?」
 悠馬は顔を青ざめ、おろおろとし始めた。
「まだ、謝罪さえもしていない事に怒ってるんです。いい年した30越えの大人が、20歳過ぎたばかりの女の子に謝れないんですか?」

 悠馬はそう言われると、その場にしゃがみ込んで手をつき土下座をした。
「本当にすまない、俺が悪かった!頼むから職場で大ごとには、しないでくれ」
 瑠美と萌花は、上から哀れな表情でその姿を見ていた。
「お願いだ、職場にだけは。妻と子どもに影響すると困るんだ」
「呆れた、やっぱり既婚者か」

 すると、震えていた萌花が大きな声で言い放った。
「酷い、奥さんまで裏切って。最っ低!」
「すまない、本当にすまない!」

 莉理は呆れた表情でビールを口にした。
「本当、真っ黒だったね」
「実は、彼女と話す前にたまたま中路さんから奴について聞いたの」
 莉里はビールをドンっとテーブルに置いた。
「さすがベテラン中路さん。知り合い多いからね、確実な情報持ってるね」
「そう。案の定、あっちのフロアで、ぼっちの若い子に声かけまくって手を出して。女の子が感づいて問い詰めると、逆切れの末、一方的な別れ方をして、傷ついた女の子は辞めちゃったとか」

※ぼっち:「一人ぼっちの略」友人が少ないまたはおらず一人でいる事

「最低過ぎる。あの人爽やかだからさ、私もまさかと思ったけど。瑠美ちゃんに聞いてから、向こうのSVに聞いたら、あっちでは有名になりつつあったって。1人でいる大人しい子を狙ってたから、情報がすぐには広まらなかったみたいね」
 瑠美は少し下を見て言った。
「私だって周りの評判が悪くない人だったら、3回目もご飯行こうかと思ってた。まさかここまでだったとは」
「挙句の果てに飛んだからね。風見さん、契約社員じゃなくて派遣だったから。派遣会社から、すでに本人から即時退職の要請ありました、って連絡きたみたい。まぁ、これで萌花ちゃんは辞めなくて良いし、今後の被害者も出ないよ」
「女関係が、ぐちゃぐちゃになって辞めるクズに用はない!!」
 店内は予約席以外は満席状態で、他の客の声も大きいからか、2人の声もヒートアップしていた。

 莉里は呆れた表情で話を続けた。
「でもさぁ、土日を休みにしてたのは家族のためかもね。そういう心があるなら裏切る行為はするな!」
「そうだね。なんか、悲しい。まぁ、すぐに名前で呼んで来た時点で、ヤバい奴って気づくべきだったんだ。もう見た目でやられないように気を付けよう」
「本当だね。でも、瑠美先生の成敗っぷりは気持ちが良いね。悪霊退散!」
 そう言って莉理は右手を右上にあげ、素早く左下へスライドさせた。
「そうだ、成敗してやった!」
 瑠美も同じ動作をし、二人で笑い合った。

「おう、盛り上がってるな」
「あれ、虎じゃん」
 一気に騒がしい客が入って来たかと思うと、いつものチームメンバーだった。
「なんだ、うちの綺麗どころが先に盛り上がってたのか」
「お、熊さん。わかってるねぇ」
「おお!瑠美、聞いたぞ。お前、大活躍だったんだろ?」
 そういう上杉の前に、三平が興奮した姿で現れた。
「瑠美さん、聞きましたよ!本当にすごい!」

 メンバーたちは、仕事終わりの疲れた顔をしていたが、興奮気味で瑠美の活躍を讃え、店内の活気を感じ取ると笑顔に変わっていた。

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