マガジンのカバー画像

カワクニの おいしいエッセイ集

21
エッセイの中から”食べ物”テーマのものだけ集めてマガジンにまとめました。
運営しているクリエイター

#脚本家

昭和であった16 〜ご馳走様!昼食間食編 〜

今も昔も子供の昼食と言えば学校給食である。 私の通っていた品川の小学校は区立。 環状6号線…

9

昭和であった15 〜ご馳走様!朝食編 〜

我が家は典型的な昭和のサラリーマン家庭である。 だが、振り返ってみるとその食生活は当時と…

14

昭和であった14 〜昭和30年代、子供飲料事情!〜

先日聞いた話だが、最近の日本の子供は『水』を好まないらしい。 何故なら何の味もしないから…

16

昭和であった13 〜やっぱ、夏はアイス!〜

昭和中期、少年時代の『美味しい』について語ってきた。 カテゴリー分けて掲載してきたが、今…

15

昭和であった12 〜おやつおやつ!2〜

さてさて、私の子供時代の記憶の中の『おやつ』について続きの話を続けよう。 前回も書いたが…

17

昭和であった11 〜おやつおやつ!1〜

子供時代の昭和30年代を思い返すと、世の中はまだ栄養事情が大分悪かった様に思う。 体現的に…

16

尾山台は美味しいよ!

末期の膵臓癌が発見され、余命わずかの宣告を受けたのは一昨年の暮れのこと。 以来抗がん治療を受けながらも毎朝起きる度に「あれ?まだ生きてるぞ…」と思い続け早1年と11ヶ月が経つ。 医者は奇跡だと言うが、最近は自分が『死』に向かっている気がしない。 体調はまずまずだし、抗がん剤の副作用も手足の痺れと脱毛以外さして深刻なものは何もない。 決して信心深い訳でもないが、最近では『これはやっぱ神に感謝だな〜』とつくづく思う。 食欲もある。 当初20kgも落ちた体重も5、6kgは戻して、若

要介護1と甘党の行方

キモセラピー・抗癌化学治療を始めてから4ヶ月。 病院からは当初から、いざという時のために介…

37

癌とキャンディー

癌を患って以来、抗がん治療は何とかかんとか、幸か不幸か、上手く進んでいる。 医者も一回は…

79

フィンガーチョコ...

私がまだ子供の頃、父は日曜やたまに早く帰宅した時には、家でよくウィスキーを飲んでいた。ウ…

41

ひな祭りは家内の誕生日...

私は子供の頃から粗忽でうっかり者、『思慮』とか『慎重』とは真逆の人生を送ってきた。 その…

33

山小屋で一人ごはん

年に4回くらいは南阿蘇の山小屋に滞在する。 周囲に何もない山の中の一軒家...一人で滞在する…

49

カワクニパン

一時期、頻繁にパンを焼いていた時期がある。 元々パンは大好き。 というか、麺やお好み焼き…

30

お寿しとわたし

銀座いさみ寿し『鈴本』 たまには外食ネタ。 行きつけのお寿司屋さん... 子供の頃から常に我が家には行きつけのお寿司屋さんがある。 お寿司を食べる時には一家で店に出向き、カウンターで鮨職人さんや女将さんと会話を楽しみながらそれぞれに好みのネタを握ってもらう。 父は一般的なサラリーマンで特に裕福な訳ではなかったが、お寿司には贅沢をさせてくれた。 もちろん、頻繁ではないが、たまに一家揃って馴染みの寿司屋を訪れ、季節の魚を楽しむのだ。 子供時代を過ごした品川では、土地柄、赤