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エッセー「追想 日本のルアーフィッシング草創期 " 津久井湖巡礼 "」

 バスフィッシングに本格的にのめり込みんだのは1972年頃からだった。

 ブラックバスが釣れる湖の中で最も東京に近い津久井湖に、始発電車と始発バスを乗り継ぎ月2回は通った。

 当時、日本で公式にブラックバスの存在が確認されゲームフィッシングのフィールドになっていたのは、神奈川県の芦ノ湖、相模湖、津久井湖、震生湖、相模川の一部(上流域)、それに静岡県の一碧湖のみだった。

 相模湖と津久井湖は相模川の上流部をダムで堰き止めて造られた人造湖である。

 建造されたのは相模湖の方が古く、津久井湖は後に相模湖の水位を調整用する目的で作られた。そのため、年間を通して水位の変動があり、特に水需要の多い夏場には著しく水位が下降する。

 空梅雨のため、湖底に沈んだ古い村落が顔を見せるほどの減水した年もあった。

 水利目的で造られた人造湖は元々水位の変動が激しいが、津久井湖は特にその傾向が顕著である。

 長年の津久井湖通いの結果、相模湖と津久井湖を合わせて一つの湖と考えるべきとの結論に至った。

 ゲームフィールドとして見た場合には、年間を通して水位が安定している相模湖より、水位の変動が激しい津久井湖の方が難しい。

 しかしその分、組み立てたステラテジーが当たった時の嬉しさはひとしお、何物にも代えがたい喜びがある。

 雪解けの春、津久井湖のシーズンはクランクベイトのガン引きから幕を開ける。

 ボマー社のスピードシャッドや、スィフィン社のホッテントット、ラパラ社のシャドラップなど、タダ巻きでも派手なアクションでアピールするクランクベイトを、朝マズメのシャローでひたすらガン引きするのだ。

 代表的なポイントは、日赤病院下ワンドのカケ上がり。キャストして余計なアクションはつけず、やや遅めのスピードでリトリーブする。

 日赤下を攻められるのは明け方と日没間際のほんの一瞬だが、乗るとビッグワンの可能性が高かったポイントだった。

 1970年代初頭、津久井湖で釣用のボートをレンタルできるのは、下流域(城山ダム周辺)では「クラブ前」バス停近くの城山食糧(食料品店兼釣具屋)、そして上流域(寸嵐ダム)では「沼本」バス停近くの沼本旅館の2ヶ所のみだった。

 城山食糧のボート乗り場は、三井大橋を渡る手前の道を下った所にある。そこから出船し、右前方2時の方向にボートを進めると、対岸の崖に白い建物が見えてくる。そこが「老人ホーム下」のポイントである。

 ここは接近禁止となっているダムサイトに最も近いポイントで、崖下の湖底急激なかけ上がりとなっている。

 バスはかけ上がり沿いの10フィート前後の水深にサスペンドして上方のベイトを狙っている。

 そのため、キャスティング後のフォーリングには細心の注意が必要となる。フォーリング中、ラインのテンションが一瞬緩んだ場合には食いあげている可能性が高い。

 船着き場からボートを左の方向に進めると三井大橋の脚橋が見えてくる。ここもバスの付き場となっている。

 三井大橋付近では過去に50アップの大物を何度も目撃している。ただし、よほどのロングキャストで狙わない限りヒットする確率は低かった。

 この橋脚回りは、水深があるため晩秋から冬場にかけてのジギングにも最適なポイントである。

 そして、さらにボートを進めると、有名な「日赤下」を経て、大沢の岬に至る。大沢の岬の対岸に、現在の津久井観光の船着き場がある。

 大沢の岬を左に入るとそこは大沢のワンドだ。当時は、まだ湖が新しかったため、大沢のワンドには大量の立木が水面から顔を出していた。この立木群がバスの付き場となっていた。

 津久井観光の船着き場から右にボートを進めるて行くと、やがて湖はほぼ直角に左に曲がる。曲がってすぐの頭上に見えるのが「名手橋」である。

 1970年当時、名手橋の下は立木が密集するエリアで、バスの格好の隠れ家となっていた。

 立木の間をトップウォーターで狙うという楽しい釣りができたのもこのエリアである。

 名手橋を頭上に見ながら、さらにボートを進めると右手方向が「寸嵐ダム」のダムサイト、その手前になだらかな岬が湖に落ち込んでいる。

 この岬の下はなだらかな馬の背となっており、当時はクリーム社のプラスチックワーム「スポイラー」で底を小突きながら大物のバスを狙った。

 当時、沼本旅館の玄関に55cmのバスの魚拓が飾ってあったが、このバスは上記のポイントで釣り上げられたものだった。

 寸嵐ダムを右手に見ながら直進すると、やがて沼本ワンドに至る。

 この沼本ワンドこそ、我がバスフィッシング人生において、思い出深い数々のドラマが展開されたフィールドである。

 余談だが、昭和48年当時、橋本駅から津久井湖の上流部である沼本に行くのは大変だった。

 まず橋本駅から神奈中バス「三ヶ木(みかげ)行き」に乗り終点まで行く。

 三ヶ木バスターミナルで「相模湖」行きに乗り換え、道志橋を渡ってすぐの「沼本」バス停で降りる。

 そこから螺旋状に下る道を延々下り、やっとの思いで船宿「沼本旅館」に至る。

 当時、心底クルマがほしいと思った。

 今でも橋本から相模湖へ抜ける道を走るたび、タックルボックスとロッドを持ち、湖面を目指して夏の炎天下の中を歩いた記憶が蘇る。


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