アトランダム私小説「椿ライン伝説1981」

 「な、何が起きてるんだ!」

 速水がバックミラー越しに見たのはまさに信じられない光景だった。

 3コーナーで勝負をつけるどころか、背後に迫るSA22C RX7の丸目2灯リトラクタブルヘッドライトが放つ眩い光芒が凄まじい勢いでポルシェ911SCの背後に迫りつつあった。

 下り13コーナー、入り口の150R中速左コーナーを抜けるとテクニカなS字コーナー、その先には30Rの右ブラインドタイトコーナー、立ち上がった先に見えるのは一見間口が広そうな右100Rのコーナーだが、クリップにつこうとした瞬間、そこが100R→70R→30RとRが異なる魔の下り複合コーナーだとわかる難易度Dのトリッキーなコーナー。

 的確なスピードコントロールと慎重なライン取りを怠ると、運が良ければガードレールの抱擁、最悪の場合には崖下急降下となる。

 13コーナー直前、猛迫するSA22C RX7は遂にポルシェ911SCの真後ろについた。両車はバンパー•ツー•バンパーの状態で150Rコーナーへと進入した。

「譲るか〜!」ポルシェ使いのプライドにかけて国産スポーツモデルに負けるわけにはいかない。

 速水はポルシェ911特有のオルガン型ペダルを踏み込みDIN204PSを搾り出す3リッター空冷水平対向エンジンに鞭を入れた

 超ショートストロークのエンジンはカミソリなようなレスポンスで反応し、ポルシェ911SCは一気に加速した。速水は150Rコーナーの進入ギリギリまでブレーキングを遅らせ、クリップ直前で強力なブレーキを一気に踏み込み、前輪に十分な荷重を載せるとステアリングをインに切ろうとした。

 しかしその時、速水は左のドアミラー越しに信じられない光景を見た。

 ポルシェ911SCの真後ろについていたSA22C RX7がいつの間にかポルシェ911SCの左サイドにいた。

 速水がパワーに任せ加速し、クリップ直前に強力なブレーキを活かしフル制動した瞬間、ほん僅かだがイン側空いた。 自らの車幅ギリギリのその隙間に、まるで放たれた矢の如くSA22C RX7が突っ込んできたのだ。

 お互いのサイドミラー間5cmにも満たないタイトなラインを、サイドポーとチューンされた12A型ロータリーエンジンの甲高いエグゾーストノートと共に抜けたSA22C RX7は、続くS字コーナーを直線的なラインで走り抜けると、右30Rのコーナー手前で軽いブレーキングで一瞬前輪に荷重をかけ、フェイントモーションで一気に姿勢を変えた。

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