見出し画像

顎のなう。

「え、もう一度、いいですか?」
「はい。ゆっくり申し上げます。診断結果は顎睡眠時突出症《あごすいみんじとっしゅつしょう》です。大変珍しい症例でして、割合としては二十三億人に一人。その名の通り眠っている間、顎が前方にせり出した状態になっています。無意識のうちに。」
「せり出してるって、、ちょっと待ってください、全く状況が飲み込めず、あの、僕、寝ている時しゃくれているってことですか?」
「はい。その通りです。無意識のうちに。」
「その、無意識のうちにってやつ、二回も言わなくていいですよ。そんなの本当にレントゲンで分かるんですか?」
「はい。この部分、分かります?骨の形が完全に変形しておりますでしょ?ん、あー、これもう一つ併発しております。下唇睡眠時突出症《したくちびるすいみんじとっしゅつしょう》です。まー、顎睡眠時突出症の方は、二人に一人が併発するものですから、ご安心ください。」
「四十六億人に一人ということですよ、併発、それ。世界の人口って何億人でしたっけ。」
「七十五億人です。約。」
「じゃあ、俺だけかもじゃん!世界中で!なうで!」
「計算早いですね。事前にネットで調べてたんですか?そこからの情報で練ってあったセリフですか?統計学、ご存知ですか?今生きてる人に限定しないんですよ。何人に一人という考え方は。」
「あー、なるほど。百年前にも四十六億人に一人、顎と下唇が寝てる時、両方出てた人がいるってことですね。すいません、熱くなっちゃって。睡眠時顎突出症か、、」
「違います。顎睡眠時突出症です。まず顎、です。医師国家試験の中でひっかけ問題なんですよ、それ。覚え方としては、まず顎をしゃくれさせて、あご、と言います。その後、睡眠時突出症と言うのです。もっとも私たちのしゃくれは真似ですから意識的にですが。」
「その意識的とか無意識的にとか、重要なんですか?ちょっと不愉快なんですけど。」
「はい、それ。不愉快なんですけどの時と、先ほどの、なうで!の時。怒ってる場面もしゃくれてますよ。それは、五人に一人くらいなるんでほっといてもいいんですけど。」
「それなら言わせてもらいますけど、統計学知ってますか?くらいのめっちゃイキって連続で質問してきた時、先生もちょっと顎突出してましたよ。」
「え?」
 
 二人の男達は、診察室にかかる小さな鏡に向かって我先にと自分の顎を映す。無意識のうちに頬を寄せ合っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?