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新幹線で小さく頷く。

「お客様の中にドラマーの方はみえませんか?」

 もう富士山は通りすぎたのかな。そんなに都へ頻繁に行くわけじゃないんだから、写真撮っとけばよかった。けど、どうせそんなに綺麗に撮れないし、まあいいか。そんなことはどうでもいいんだけど、さっきの夢?夢だとしたら俺の創造力はなかなかのもんだよな。現実だとしても、みんなイヤホンして、中にはヘッドホンなんかしちゃってさ、どんだけいい音で聴きたいんだよって。大抵、ああいう奴は家に帰って音楽聴かないし、何より部屋のスピーカーめちゃショボい。そんなこともどうでもいいんだけど、大半に聞こえてないだろ、あのアナウンス。ちょっと張り上げた程度の声。半分寝てたからさ、昨日遅くて。年に一回だけ会う友達と吉祥寺

「どなたか、ドラマー様はいませんか?」

 今、確実に言ったよな、ドラマー様。ドラマー様って。お医者様、とか、そうだな、助産師様とかは、様、だもんな。ドラマー様以外無いか、、。ベストドラマーはいませんか?だと、なんの?ってなる。ベストドラマー様は二重敬語なのかな。待って。俺、ドラマーだよ。ドラマーだと思う。プロじゃないけど。頭にバンダナ巻いたボーカルと、やっぱ本番前は緊張するよな。そうだな。けど、俺はお前のビートを信じてるぜ。俺だってお前のロックに惚れ込んで、、なんて小さいライブハウスで8バンドくらい出るイベントの3番手みたいな感じではなく、一応、クリス・デイヴが何やってるのかは分かる。できないけど、分かる。歌うようなドラムだと言われたこともあって、誰に?ってのが重要なんだけど、三重県四日市なんて街に普通来ない葉巻のレジェンドのライブ、その前座の時にね、その日が俺ちょうど誕生

「お客様の中にドラマーはみえませんか?」

 様、が取れた。状況が緊迫しているのか?その前にどんな状況なんだよ、これ。手を挙げるか。はい、ドラマーです、って。なんかめちゃカッコ悪くない?それ。みんな見てくるよな。まあ背は高いし、パーマで73点くらいの顔してるから、それっぽく見えるかもしれない。けど、恥ずかしいよ、なんか。めちゃくちゃ上手いです、俺。みたいな感じに伝わっちゃわないかな。すげードラム速いぜ!自分、音でかいんです!タイプのわけわからんトコ自慢する奴って思われないかな。返事する時に少し説明つけたほうがいいのかな。説明もなにも

 乗客約六割の耳はイヤホンに塞がれ、二割は睡眠。残り二割は、車掌と思しき人間の精一杯の叫びに困惑している。おそらく、その二割の対象者の99%がドラマーではないのだろう。ドラマー「様」という呼びかけにも違和感はなかったのではないか。繰り返す。ほとんどの人間がドラマーではない。

 俺はドラマーだ。多分、この車両の中では一番ドラマーだ。どんな会場でも最大限の集中を心がけてきた。完全にアウェイであるフォークソングのイベントでも、信頼するベーシストの選んできたマーカス・ミラーの曲を切れ味鋭く演った。浮いてたけど、俺たちは自分たちがカッコいい、って思った。ライブハウスじゃない、ここは新幹線の中じゃないか。胸を張ろう、俺はドラマーだ。深呼吸しよう。返事をする前に、一瞬だけ考えとく。何故、今、急にドラマーが必要なのか。急にドラムが必要な時など無い。そんなことは、他の乗客もわかっているだろうが、俺が一番分かっている。移動中の大物サックス奏者に突然ソロフレーズがとめどなく湧き上がり、金なら出す!早くバンドを用意しろ!とペットボトルを投げつけ叫ぶ、そしてなんとかギターとウッドベースは荷物の状況を鑑みて見つけたのだが、そもそも演奏人口の少ないドラマーが発見できない。シンバルを腹に抱えて寝ている奴なんていないから、外見では判断できないし。その前にそんなクレイジーすぎるサックス野郎に巻き込まれたくない。テンポどのくらいにしますか?と尋ねようものなら、食べ終わった弁当の入れ物をビニール袋ごと投げてくる。ワガママな奴だ、食べ残しも多いだろう。屈辱というか、痛いかもしれない。危険だ。事前に質問は必要だろうな。よし。伝えよう、ドラマーであることを。いろんな音楽仲間の顔が走馬灯のように。みんな最高の笑顔だ。

 一人の青年が、はい、と手を挙げ立ち上がる。30代後半だろうか、統計的に見て64点くらいの顔つき。車掌と思しき人間は青年の元へ向かう。青年は車掌と思しき人間と、周りの乗客に伝える。

「僕はプロではないですけど、フォークソングのイベントでファンクやったりしたことのあるくらいのドラマーです。速いですとか音デカいですって言っちゃうような感じじゃないです。バンドにバンダナ巻いているメンバーはいません。誰かが、フレーズ思いついたって感じですか?」

 しまった。ちょっと説明が長すぎた。速いデカいのトコと、バンダナの部分はいらなかった。前半めちゃ長くなった、、喋り出すと、迷ってた選択肢全部言っちゃうやつだ。周りの人もなんか引いてた。絶対引いてた。フレーズ思いついたってのも単なる予想。ドラマーです。自信があればその一言でキマった。いや、自信が無いわけじゃないんだ。なんだろう、この恥ずかしさ。今、すごく恥ずかしい。二列前のあいつ、俺を見てきた。あいつももしかしてドラマーなんじゃないか?ちょっと笑ってなかったか?大丈夫、ここは自信を持とう。おう、若手ドラマー、ここは俺が行く。クレイジーなセッションを楽しんでくる。任せとけ。

 自称ドラマーの青年は二列ほど前に座るイヤホンをした若者の肩をそっと叩いた。若者は驚きの表情とともに「なんだよ、触るな」と小さく呟いた。
「ドラマー様、お休みのところすみません。貴重品だけお持ちになって、私についてきていただけますか?大変申し訳ございません。」

 自称ドラマーの青年は、出口の前で一度振り返り乗客を眺める。そして、この車両の代表ドラマーとして小さく頷く。その姿はベストドラマーであるとも言えるだろう。乗客の六割の耳は塞がれていた。

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