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【#一日一題 木曜更新】 お散歩バグ

山陽新聞の「一日一題」が大好きな岡山在住の人間が、勝手に自分の「一日一題」を新聞と同様800字程度で書き、週に1度木曜日に更新します。

私は天才ではないかと、大いなる勘違いを起こす時間がある。

木々を眺め、行き交う人を目で追い、野良にゃんこに挨拶をする。途中、よさげなベンチに座り30分ほど言葉で風景をスケッチをする。テキストで風景を表すのは難しいけれど綴るのは慣れで、鉛筆を走らせるごとに30分間で書ける量も語彙も増えてきた気がする。作家乗代雄介氏のワークショップで教わった風景スケッチは「見たまま書く」の訓練になる。

鳥の声が聞こえる。ぜぜほっほーと鳴くのは山鳩だっけ。鳥の名前は帰ってから調べよう。ベンチから離れた場所で雀が4匹、妙に長い時間地面をつついていた。雀が連れ立って飛び立つ様子は、子どもが何かに飽きて一瞬で散りぢりになる様子に似ている。彼らが執拗についばんでいた地面を観察してみたけれど、私の目には白い乾いた土と小石しか見えなかった。

主観ばかりを綴っていると、文章を飾りたくなる。読む人を泣かせようと、笑わせようとしたくなる。すごく楽しいけれど、そればかりしていると感動させたい文章しか書けなくなりそうで少し怖かった。乗代氏のワークショップに参加して、文章との向き合い方が少しだけ進歩した。

見たまま静かに綴った文章を読み返し、私はベンチを離れた。自宅まで徒歩20分。来た道とは違う国道へ出て帰ることにする。

横断歩道ですれ違いざまに年配のご婦人に「この辺り、バス停はどこかにありますか」と聞かれた。左折車のドライバーが、横断歩道の真ん中で立ち話になりそうな私たちに訝しげな視線を寄越したので、ご婦人の背中を歩道へ促して、バス停の位置を説明した。少し遠い。
「病院にね、娘に送ってもらったんだけど。娘は仕事だから帰りはバスに乗ろうと思ってね」とご婦人は言う。
念のため私は聞く。「タクシー、呼びましょうか」。
「いいのいいの。天気もいいし」とご婦人は笑った。
背中を見送り、私はもう一度横断歩道を渡るために青信号を待つ。

風景スケッチが「静の文章」なら、散歩描写は「動の文章」だろうか。

このふたつを組み合わせれば、どんなコラムでもどんな長編でも書ける気がする。世界の裏側まで散歩すれば、私は超大作を書くに違いない。旅費パトロンでもつかまえたらきっと、なんてことを想像して自分を笑う。こんな芸風の書き手が世の中には山ほどいる。座布団に座ったままでも、書ける人は書くだろう。

散歩中、私は天才ではないかと、たびたび大いなる勘違いを起こしている。


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