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米国株式見通し


1.米国経済・市場動向アップデート

(1)米国景気の動向

米国経済は、これまで厳しい金融引締め環境にあり、長らく逆イールド(長短金利の逆転)の状況が続いているにも限らず、実質GDP成長率もプラスを維持するなど驚くほど堅調な状況が続いており、そのことがインフレ率の一段の低下を遅らせている要因となってきました。FRBも3月FOMC経済予測において、2024年の実質GDP予想を12月時点の1.4%予想から2.1%予想に上方修正し、コアPCE物価指数の予想も2.4%から2.6%に上方修正したのは記憶に新しいところです(図1)。

(図1)

The Federal Reserve HPより作成 (https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/fomcprojtabl20240320.pdf)

ただ、パウエルFRB議長も先日のFOMC後の会見で「現在の金融政策は景気に対して制限的で、需要に重しがかかっている」と述べたように、景気の先行きには楽観的になれる状況ではありませんが、景気関連指標をいくつか見てみますと状況はマチマチであり、米国景気がこのままソフトランディングできるか、結局ハードランディングに陥るか、先行きについて明確な方向性が出ていないのが実際のところかと思います。

まず景気先行指標であるISM景気指数ですが、また来週初に5月の数字が発表されますが、前回4月の数値によれば、製造業指数は4月49.2と、前月50.3や市場予想50.1を下回り、景気判断の分かれ目となる50を再び下回りました。新規受注や生産が前月より鈍化したことが主因ですが、2022年11月以降、明らかな50割れが続いてきた状況からは改善傾向にあるとの見方もでき、5月の数字も49.8への改善が予想されるなど、製造業については明確な強弱感は見られません。ただ、支払価格指数が60.9と跳ね上がっており、インフレ圧力が増している点は懸念されます。
また、非製造業指数の方は4月49.4と、前月51.4や市場予想51.9を下回り、2022年12月以来約1年半ぶりに景気判断の分かれ目となる50を下回るサプライズの動きとなりました。5月は51.1予想と再び50超えが見込まれていますが、事業活動、新規受注、雇用が前月から鈍化するなど、非製造業については傾向的に景況感が悪くなっている印象です。また、ここでも支払価格は59.2と強まっており、やはりインフレ圧力は強まっています(図2)。

(図2)

※ISMデータより作成。青色セルの項目が指数計算に使用される項目。↑:景気拡大、↓:景気縮小

一方で、同じ景気先行指標のPMI指数の方を見てみますと、5月発表の製造業PMI指数は50.9と前月50.0から上昇、さらにサービス業PMI指数は54.8と前月の51.3から大幅に改善しており、ISM指数とは異なって景況感は改善している状況です(図3、4)。

(図3)

※株式マーケットデータサイトより作成。(sheet.zoho.com/sheet/publicgraphs/e190350c6c4f493994546d3183b1a10b1578941960017562)

(図4)

※株式マーケットデータサイトより作成。(sheet.zoho.com/sheet/publicgraphs/3b7471432288437eaedf5a54ed82462f1580324499282485)

ちなみに、このISM指数とPMI指数はどちらも企業の購買部門を対象に景況感のアンケートを行っているものですが、運営主体が全く異なる(ISMは全米供給管理協会、PMIはイギリスのリサーチ会社IHS Markit社)のと、アンケート対象がISMは米国企業300社程度、PMIは400社を超える民間企業で、PMIの方がより幅広い民間企業を対象に含むとされています。ただ、この両指数のブレについては、以前からエコノミストやストラテジストもよく首をかしげることが多く、どちらが米国景気の状況をより正確に捉えているのかは、一概に言えない状況です。ただ、ISM指数の方が歴史が長く、運営主体も米国の協会ということもあり、信頼性が高いと見る関係者が多いようです。

もう一つ、これらのISM指数やPMI指数にも先行しやすいと言われるCITIグループのエコノミックサプライズ指数の推移を見ますと、昨年以降、事前予想を上回る経済指標が比較的多く見られる状況でしたが、直近はややマイナスで推移しており(事前予想を下回る経済指標が多くなった)、このままマイナス幅が拡大していかないか注目が必要です(図5)。マイナス幅が拡大していく場合は、ISM指数やPMI指数も悪化し、いよいよスタグフレーション(景気後退と物価高が同時進行する状況)に突入していく可能性も出てくるかと思いますので、動向をよく見ておく必要があるでしょう。

(図5)

(https://yardeni.com/charts/citigroup-economic-surprise/)

こういった中で、景気の遅行指標である雇用統計を見ますと、3月は雇用者数が30.3万人増と、事前予想(20.1万人増)を大きく上回りましたが、4月は24万人増の予想に対して、17.5万人増と昨年10月以来の低い伸びで、失業率は3.9%と前月および事前予想の3.8%を上回りました。また、今回の雇用統計ではフルタイム労働者が前年同月比で▲0.4%減り、これで3か月連続減少となったことは気になります。これまでフルタイム労働者が2か月連続で減少となったのは統計が取れる68年以降で9回ありますが、内8回が景気後退の認定をされており、今回もやや懸念されるところです(図6)。失業率はまだ低い水準ではありますが、昨年4月の3.4%から徐々に上がってきており、景気後退入りの前は失業率の緩やかな上昇が見られやすいことから、今後の動きは引き続き注視が必要と思われます(図7)。

(図6)

米国労働省のデータより作成(https://www.bls.gov/)

(図7)

FRED ECONOMIC DATA / ST. LOUIS FEDより作成(https://fred.stlouisfed.org/categories)

ちなみに、話題は米国から外れますが、先ほどのエコノミックサプライズ指数について、欧州の指数は、英国も大陸欧州も昨年の景気後退を抜け出し、プラス圏で推移しています。欧州もこれまでの一連の利上げでインフレ率は低下してきましたが、昨日発表の5月ユーロ圏CPIは2.6%と前月の2.4%から再加速しており、米国と同様にインフレ圧力は残っている状況です。それでもECBは来週の政策理事会で米国や英国に先駆けて利下げに踏み切るものと予想されており、欧州はこれまでの引締め一辺倒の状況からはやや流れが変わりつつあります。欧州の個別銘柄でもファンダメンタルズに比して割安に放置されている銘柄(特にシクリカル銘柄)は多くありますので、こちらも今後は投資チャンスが出てくるものと思われます。

(2)物価動向とFRBの金融政策

比較的堅調な景気動向に加えて、長引くウクライナ情勢や、中東情勢など、地政学的なリスクによる資源価格・コモディティ価格の上昇圧力もあり、FRBが重視するコアPCE物価指数は、昨日発表の4月が前年比2.8%と事前予想通りでしたが、これで1月、2月、3月、そして今回と4回連続で同水準となり、インフレ率の低下が思ったように進んでいないことがあらためて確認されたことで(図8)、FRBの利下げがさらに遠のいている状況です。

(図8)

FRED ECONOMIC DATA / ST. LOUIS FEDより作成(https://fred.stlouisfed.org/categories)

FRBは3月のFOMC経済予測において、2024年末のFFレートの水準を4.625%(想定3回の利下げ)と、12月時点の予想を据え置く一方で、2025年末のFFレートを3.875%(12月時点:3.625%)、2026年末は3.125%(12月時点:2.875%)、長期予想2.5625%(12月時点:2.5%)とそれぞれ上方修正しており(図9)、先日の5月FOMCでも「インフレ率はまだ高すぎ、先行きは不透明」と認めていました通り、このままコアPCE物価指数の高止まり、さらに再加速など、物価の粘着性が続けば、2024年の利下げ回数はFRBの想定(3回)より減らざるを得ないでしょう。
先日の5月ベージュブック(地区連銀経済報告)からも、FOMCメンバーは緩やかな景気減速とインフレ鈍化、というメインシナリオを変えていないと思われますが、金融市場ではすでに2024年に3回の利下げを織り込む向きは少なく、FF金利先物が織り込む2024年内の利下げ(0.25%)回数は、少し前の「9月と12月の2回」から、現状では「9月の1回」の見方に移っているようです。

(図9)

The Federal Reserve HPより作成(https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/fomcprojtabl20231213.pdf)

FRBもマーケットも、今のところは米国景気のソフトランディングをメインシナリオとしていますが、1960年以降の11回の金融引締め局面(今回の2022年以降の利上げ局面は除く)において、米国景気がソフトランディングできたのは1965~66年と1983~84年、そして1994~95年の3回だけで、残り8回はいずれも景気後退に陥っており(図10)、今回の利上げがこれだけ急速かつ大幅で、また長く逆イールドが続いていること、景気の先行指標が弱まりつつあり、遅行指標の雇用統計も不安材料が出てきていること、などを考慮すれば、今回がこのままソフトランディングで済むかどうかは、予断を許さないところです。

(図10)

FRED ECONOMIC DATA / ST. LOUIS FEDより作成(https://fred.stlouisfed.org/categories)

(3)長期金利の動向

このような状況の中、昨年末に3%台後半まで低下していた米国10年国債金利は、今年に入って再び上昇に転じ、バリュエーション面で株価の重石となっていますが、直近では昨年10月のピークまで届かない形で再び低下に転じており、ピークアウト感も出てきている印象です。期待インフレ率(米国10年ブレークイーブンインフレ率:BEI)と米国10年国債金利の推移を見ますと、期待インフレ率は2%までは下がりきらず、2%台半ばあたりで横ばい推移になる中、長期金利の上昇傾向が続いてきたことで、期待インフレ率と長期金利の差はリーマンショック以前の幅まで拡大しています(図11)。今後も金融引締め効果が続き、米国景気への減速圧力が強まることなどを考慮すれば、これからも長期金利の上昇傾向が続くと想定することは難しく、むしろ、再び4%を切る水準まで低下してきてもおかしくないものと思われます。

(図11)

FRED ECONOMIC DATA / ST. LOUIS FEDより作成(https://fred.stlouisfed.org/categories)

ただし、70年代や80年代前半に見られたようなスタグフレーション(景気後退下の物価高)に突入するような場合は、景気が後退する中で利下げが進まず、長期金利が高止まりする可能性もありますので、やはり物価と景気の動向にはこれまで以上に注意が必要です(一番避けたいシナリオは景気後退下で追加利上げに転じることですが、今のところ可能性は高くないと見ています)。スタグフレーションは株価にとって最悪のシナリオですので、なんとしても避けたいところです。

(4)企業業績動向とバリュエーション

さて、企業業績の方を見てみますと、米国景気の先行き不透明感が増す中で、引き続きアナリストによる企業業績見通しの引き下げが懸念されるところですが、足元では来期(2024年Q2)EPS予想が若干上方修正されるなど、やや明るい兆しも見えます(図12)。今来期のEPS予想値は、2024年で約10%成長、2025年で約14%成長と、二桁増益予想となっており、今のところ業績見通しはAI関連需要の増加なども背景に比較的良好ではあります(図13)。

(図12)

FACTSET EARNINGS INSIGHT May 6,2024より作成

(図13)

FACTSET EARNINGS INSIGHT April 19,2024より作成

一方でバリュエーション面からは、引き続き、現在の株価はやや割高な水準にあると思われます。S&P500指数の12か月先予想PERは現在21倍程度と、過去5年平均の約19倍、過去10年平均の約18倍と比べてやや割高となっています(図14)。株価をPERとEPSに分けて考えた場合、昨年10月以降の株価回復のドライバーとなってきたのは、「FRBの金融引締めフェーズ終了~金融緩和への転換」の期待を背景としたPERの拡大でしたが、先述の通り、インフレ率の低下が遅れ、FRBの利下げへの期待が低下する中で、PERの拡大も足踏みの状況にあります。通常のパターンであれば、PERが反落する中で、今度は予想EPSが下方修正から上方修正の流れに転換し、EPSが株価のドライバーとなることで、再び株価が回復に向かうというものですが、経験則的に、この株価のドライバーがPERからEPSに移る過程では常に株価がボラタイルになりやすく(変動しやすく)、今回もこれに近い状況にあるのではないかと捉えています。

(図14)

FACTSET EARNINGS INSIGHT April 19,2024より作成

また、長期金利対比のバリュエーションとしてイールドスプレッド(10年国債金利-S&P500益回り。マイナス方向:株価が割安、プラス方向:株価が割高)を見ますと、現在はほぼ「ゼロ近辺」の水準にあります。米国のイールドスプレッドはこれまで▲4%~▲2%のレンジで推移してきたことから、▲2%を上回ってくるとかなり割高と見られ、現在の「ゼロ近辺」の水準は超割高ということになります。

ただし、少し専門的になりますが、イールドスプレッドは、金融相場や逆金融相場の際は、長期金利と益回りの動きがパラレルになりやすいことから(※)、基本的にはこの2つの相場局面において株価の長期金利対比の位置を測りやすい指標ですが、業績相場や逆業績相場の際は、長期金利の動向よりも、EPS(一株当たり利益)の増加・減少が株価変動のメインドライバーになるため、長期金利と益回りは逆方向の動きになりやすく(※)、イールドスプレッドのバリュエーション指標としての有効性は低下しやすいと見られています。

(※)例えば金融相場で長期金利が低下すれば、PERが拡大し、益回り(1/PER)は低下する、逆金融相場は同様に、長期金利が上昇すれば、PERが縮小し、益回りは上昇する、また業績相場では、景気が回復する中で長期金利が上昇に向かっても、EPSの増加からPERもしばらく拡大しやすく、益回り(1/PER)は低下しやすい、逆業績相場では同様に、景気悪化によって長期金利が低下しても、EPSの減少からPERもしばらく縮小しやすく、益回りは上昇しやすい。

さらに、上述の▲4%~▲2%というイールドスプレッドのレンジは、過去長期間の平均レンジとはいえ、せいぜい過去20年程度のレンジ、つまり、ディスインフレ環境の中で長期金利が低下してきた期間での平均的なレンジであり、現在のようなインフレ環境とはやや前提が異なります。実際に過去20年間よりもっと前の期間で、米国10年国債金利が5%を超える水準で推移していた1970年~2000年頃におけるイールドスプレッドは基本的にプラス圏で長らく推移していました(70年代半ばから80年くらいまでの期間はマイナス圏で推移するも、それ以外は基本的にプラス圏で推移)。
当時はインフレ抑制のための金融引き締めが60年代終盤から本格化し、利上げ、利下げを繰り返しながら、1981年半ばの20%近いFF実行金利となるまで引締めが繰り返されました。その間はご存じの通り株式市場を取り巻く環境は厳しいものでしたが、実際には株価は1974年に底を付けてからは変動しながらも2000年のテクノロジーバブルで株価がピークをつけるまで、長期の上昇波動に乗ることになります。この1980年~2000年は81年までの厳しい金融引締めが終わり、米国10年国債金利が約15%から5%まで長期的に低下していくフェーズにありましたが、イールドスプレッドは0%~4%程度のプラス圏で推移していました。

その意味では、今回もインフレ環境の中で急速な金融引締めが行われ、長期金利も5%程度まで上昇し、イールドスプレッドはゼロ近辺まで上昇してきましたが、今後、中期的に金融引締め局面から、金融緩和局面に移っていき、長期金利もピークアウトしていく中で、業績も堅調に推移するようであれば、株価は目先はPERなどマルチプルの縮小リスクなどから不安定になりやすいものの、基本的には堅調に推移していくものと想定できるのではないかと思われます。

2.まとめ

ということで、簡単にまとめますと、

①米国景気はこのままFRBや市場が想定するソフトランディング・シナリオ
となるか、ハードランディングに陥るか、まだ方向性ははっきりせず、引き続き各種指標を注視すべき。

②インフレはピークアウトしているものの、堅調な景気動向に加え、地政学リスクの影響等から、インフレ率の低下は遅れており、FRBの想定利下げ回数も減る方向。

③インフレ率の高留まりや再加速懸念により、長期金利の上昇圧力は残る一方でピークアウト感も出ており、インフレ率の再加速がなければ、再び4%を切る水準まで低下してもおかしくない。

④企業業績は2024年Q2EPS予想が若干上方修正されるなど、やや明るい兆しも。今来期のEPS予想は、2024年、2025年ともに二桁増益予想となっており、企業業績見通しは比較的良好。

⑤一方でバリュエーション面ではやや割高な水準。FRBの利下げ期待が低下する中で、これまで株価のドライバーとなってきたPERの拡大は一旦足踏みするため、目先は株価動向は不安定になりやすいものの、今後、予想EPSの上方修正が傾向的に出てくるようになれば、株価のドライバーがPERからEPSに移り、株価が再び上昇トレンドに乗ることも。

⑥また、イールドスプレッドからは、株価はさらに割高感があるが、インフレ下での金融引締め環境では、イールドスプレッドは高くなりやすく、今の株価が金利対比で必ずしも割高とは一概には言えないものと思われる。

以上から、これまでの見方と基本的にはあまり変わりませんが、米国株は目先はバリュエーション面から上昇余地が限られつつも、基本的には、比較的堅調気味な株価推移になるものと見ています(夏場に不安定になる動き(アノマリー)には注意が必要です)。ただ、米国景気がこのままソフトランディングできるかどうかは予断を許さず、引き続きインフレの動向と各種経済指標を注視しながら、市場の急変時には柔軟に対応できるようにしておくことが大事です。

現在、市場ではベテランの運用者・投資家ほど、今後の株価クラッシュを懸念する向きが多く、私自身もそれらの方の見方に近い感覚も持っていますので、常に経済や市場の動きには警戒していますが、一方で、相場の格言で「Bull Markets Climb a Wall of Worry(株は心配の壁をよじ登る)」とあるように、市場の先行きへの懸念が伝えられるほどに、株価はじりじり上昇していってしまうことが多くあります(逆にリーマンショックが発生する前では、当時、市場関係者のほとんどが楽観的で、先行きを懸念する人はあまりいなかったと記憶しています)。

従って、市場の先行きを警戒して投資を一切行わない、というよりも、経済や市場の動向をよく見ながら、株価下落リスクも考慮して、各人で余裕ある範囲の投資資金で、かつ投資信託ではなく、個別銘柄に投資する場合は銘柄も分散して持つなど、十分に投資リスクを考えて、楽しみながら投資を行うのが良いのではと思います。

(実際の投資に際しては、自身のご判断でよろしくお願いします。)


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