脳髄とはらわたのバドラッド #3-1
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「本日付けで強襲班所属となりましたフェリペ・バルツォです! よろしくお願いします!」
僕は、最敬礼のポーズで皆へ挨拶をする。
この国の治安維持を司る『白耳』の中でももっとも人気が高い『強襲班』のメンバーに選ばれたのだ。失礼があってはならない。
『白耳』。それは、自ら志願してきた者達で構成された、都の平和を守るための自警団だ。
我々は、王からも軍隊からも商会からも干渉を受けない。お互い意がお互いを監視し敬いあい、機能する。市民の平和を守るため立ち上がった勇士なのだ。
その象徴として、僕達は入隊時に『白耳』と呼ばれる、聴覚を高めるバイオインプラントをキメラ手術で移植される。それがこの組織の名称の由来でもある。
「いよぉ、よく来たな。なんでもフィル君は、都でやった棒術の模擬試合でトップの成績だったんだって? いやぁ心強いなぁ」
後ろから急に首に手を回される。
よれよれの制服、無精髭。しかし、その眼光は鋭く、歴戦のベテランであることを感じさせる。
「あ、貴方は?」
「俺? 俺はここの副班長やってるベネデットだ」
「ふ、副班長さまでしたか!」
恐縮し、再び最敬礼。それを副隊長殿は、にやにやと面白そうに見ている。
「威勢のいい新人が入ってきたもんだ。じゃあ装備の準備よろしくな。怖~い怖~い、悪い魔法使いに殺されないように、な」
「ま、魔法使いでありますか……その、本当に……」
「高次元量子干渉体」
ベネデット殿のトーンが鋭くなる。
「巷じゃあ魔法使いだなんて言われてるが、そう呼ばれるやつらは存在する。まだ世界中で50人ほどしか観測されてはいないが」
どのような理屈か、火と鉄と油の時代の遺物を呼び出すことのできる者たち。火器を無限に生み出すことの出来る犯罪者。
この国では、火を扱うことは重罪だ。故意の場合、死刑になる。それを無限に生み出してしまうのだ、存在そのものが違法となる。
「例の、数日前に起きた、港近くの歓楽街で大量殺戮を行ったとされる高次元量子干渉体ですか」
「おっ、フィル君は耳聡いねぇ。公式ではアレはマフィア同士の抗争ってことになっているけど、本当は違う。アレをやったのは一人だ」
副隊長殿は、更に言葉を続ける。
「その事件はキナ臭くてな。ウチの班長も何かを隠してやがる。分かってるのは、どうもその魔法使い野郎が、近いうちにこの『白の塔』へ長官を暗殺しに来るってことだけだ」
長官を暗殺。
不可能だ。地方のマフィア数十人を殺すのとはワケが違う。
ここには、高次元量子干渉体の情報と対策を豊富に持った精鋭が300人もいるのだ。自殺しに来るようなものだ。
「ふ、副班長殿」
恐る恐る、僕は切り出す。
「いくら犯罪者とはいえ、取調べも裁判もなくその場で殺してしまうのは、いくらなんでも……」
僕の問いに、それまでにこやかだったベネデット殿の表情が、急に酷薄なものになる。
僕は、知らずのうちに、インプラントされたばかりの白耳に触っていた。
「フィル君、馬鹿言うなよ。あいつらはみんな化け物なんだ。化け物を殺して何が悪い?」
◆
街を出て数日。都と港の中間ほどの地点に、その建物はある。
通称、白の塔。
保安官たちの総本部であり、中央区に聳える高い塔には、志願してやってきた彼らを雇用し、報酬を約束する。
保安官達の象徴。
周りには、保安官や白の塔で書類仕事をする事務員の生活のため集まってきた商店などが軒を連ね、ひとつの集落を形成している。
集落の周りには高い塀が聳え、入り口には厳重な門。更に、集落から白の塔へ向かう途中にもまた高い塀と門がある。
ここに常員しているのは300人ほどだが、堅牢さは人数以上だ。
「おい、止まれ。お前、旅人か? ここは通行止めだ」
門の前に立つと、関所の見張りたちが武器を構えて牽制してくる。
俺は、掌に力場を展開。ベレッタM93Rを生み出す。
「!!」
驚愕に顔を歪める見張りの二人の急所を撃ち抜く。
悲鳴。怒号。
「火、火だ! こいつ今、手から火を出したぞ!」
「魔法使い……高次元量子干渉体だ! 緊急配備! 伝令早く!」
向かってこない者とわざわざ敵対するつもりは無い。俺は、混乱する門番達の横を駆け抜ける。
商人たちや、保安官の家族が住むエリアを走り抜ける。
左右から弓や棘で攻撃される。侵入に対する対応がとても早い。厄介だ。
ベレッタを投げ捨て、M4A1カービンを呼び出す。地面を転がり的を絞らせないよう動きながら、時折左右に威嚇射撃。
袋小路に誘導されている。
保安官達の中でも特に厄介な『白耳』たちが編隊を形成しながらやってくるのが見えた。
彼らは、全身フルプレートの鎧で身を固めている。あんなものでは銃弾は防げないと、彼らなら知っているはずである。妙だ。
「周辺の人員の避難よし! 蟲を放てぇ!」
彼らの先頭を走る、指揮官らしき男が号令を放つ。
編隊の後ろから、黄色と黒の縞模様の何かが台車に押されて3つ前に出てくる。
彼らがそれを地面に放り投げる。木と土で出来ていたそれは、無残にも潰れてしまう。
俺を狙った投擲ではない。では、アレは何か。
高速で棒を振りぬいたときのような音。それも、相当な数。
割れた縞模様の球体から湧き出てきたのは、体長4~5センチはあろうかという巨大な蜂だ。
その数、数百や数千ではきかないだろう。
◆
「どうやら、おっ始まったようだな」
魔法使い。
量子ねじれを利用し、平行世界の物体を掌に出現させる者の俗称。
詳しい原理は不明。だが、呼び寄せられる物体は、なぜか火器に限定されている。
集落の商人のなかに、場違いな男が混じっている。
白いスーツに黒いシャツ。赤い中折れ帽には白のリボン。合皮ではなく、天然ものの皮を使用した靴。鷲のような鼻が特徴的。
このバティスタもまた、魔法使いの一人である。
【◇3-2へ続く】
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