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冬の贈り物(短編)

ママが作る料理は素朴だけれどいつもお腹を満たしてくれる。弟とわたしと猫のスーはキッチンから漂ってくるスープの匂いにつられテーブルにつく。ほんのりあまくて香ばしいオニオンスープは大好物だけど、表面に浮かぶパセリがちょっと苦手。スプーンの背でよけつつ食べていると、僕はたべられるよと得意げにパセリを掬いスープを口に運ぶ。一瞬ウエッとした表情をするけど、すぐに人懐っこい笑顔を見せる。

スーは弟が生まれる前、家に迷い込んだ黒猫でふたりはベッドでも仲よく眠った。なにかと負けず嫌いの弟は、わたしの苦手なものを見つけ嬉しそうに挑戦しては、できたよと自慢しにくるからほんとめんどくさい。スーといえば、姉弟ゲンカを仲裁するように割り込んできたり無視したり、それ以外は気ままにのんびりしている。イベントごとにいろんな格好をさせられることにも慣れたものだ。

パパはいつも出張でお家にほとんど居ない。友だちがパパの話をするたび、お仕事で遠くにいることを伝えるとちょっと不思議そうな顔をした。寒さに鼻のあたまが赤くなる頃、クリスマスカードとともに弟の背丈よりも大きな箱が届く。冬の好きな理由はそこだ。大きくて頑丈な箱を開けると、見たことのないオーナメントや電飾、リボンやお菓子がぎっしりと隙間なく配置されている。ママが出してくれたツリーにつま先立ちで飾っていると、ひとつだけカランカランと音のする白くまるいオーナメントがあった。

「それ何か入ってる?」

めざとい弟はオーナメントを奪い取り2階の部屋へ駆け上がると、緑のマントを着たスーも空き箱からピュッと飛び出し後を追って居なくなった。


けいさんちの猫ちゃん

あらゆることにおいて放任主義の我が家にもルールがある。クリスマスが終わったらオーナメントは全て処分する。以上だ。

友だちのお家は毎年同じものを飾っていると聞いてそういうものかと思ったけど、パパから届く異国の香りのするオーナメントたちと心弾む時間を過ごすうち、すっかり気にならなくなっていった。

ある日、本を読みながら寝てしまいふと目が覚めると階下から話し声が聞こえてきた。半開きのままだったドアへ近づくと、普段はおっとりしたママが早口で電話をしている。10歳のわたしには何をやり取りしているのか聞き取れなかったけれど、会話の最後は"I miss you"だった。

負けず嫌いの弟は、ここ1年で背丈を追い抜き、家の手伝いをすすんでするようないいヤツになってしまった。ある日「パパのところへ行く」と書いたメモを机の引き出しに置いたまま行方をくらました。わたしが15歳の夏の出来事だ。

地球儀とたくさんの本に囲まれた部屋。夏の日射しで温まった弟のベッドに眠っているスーを撫でながら、寂しいねとつぶやいてみた。

15年の月日が流れ、わたしは家を出た。

オニオンスープを作っていると電話が鳴る。
「冬の贈り物が届いたから、いらっしゃい!」
ママの明るい声を久しぶりに聞いた。

実家のドアを開けると懐かしいミンスパイの匂いがした。届いたばかりの大きな箱を開け、ツリーの飾り付けを始めると、白くまるいオーナメントがカラカラと音をさせた。まさか?とおもいギュッとひねって開けると紙に包まれたコインが入っている。包み紙を広げるとコインが滑り落ち、見覚えのある字で数字と記号が記されていた。解読するのに時間がかかりそうなわたしの後ろからママがサッと紙を取り上げふふっと笑い、メモにこう書いてくれた。

ママとアンジュへ
こどもが生まれました
名前はリオです

弟がいなくなった夜、夏の星空を見上げながらパパの仕事について打ち明けられた。誰にも知られては行けない職業であること。そして決まった相手と結婚し男の子が生まれると跡を継ぐこと。ママもそうしたように、決まった相手と結婚をしたわたしのお腹の中には子どもがいる。

なぜ女の子なんだろう
わたしも跡を継いでみたかった
パパに会いに行きたかった

悔しくて日記に書いた。ママもおなじ気持ちだったわと肩を抱いたあと大きなお腹に手を当ててくれた。

冬、7歳のうちの娘に大きな箱が届いた。

男の子だけに届く冬の贈り物を、生まれてきた子ども全員に届くようにしたのは弟だ。もちろん、ルールも引き継がれる。処分するのが私たちの掟、抜かりないわ。



この短編はcofumiさんの『リオと、サンタの椅子』が素敵だったので、エピソード0として書いてみました。



はじめて、クリスマスアドベント企画に参加しました。百瀬七海さん、これまでつないでくれたみなさんありがとうございます!


読んでくださりありがとうございます。