やさしい宿

やさしい宿

この夏、島根・鳥取・岡山の山の中を旅した。
大山、蒜山、三瓶山。
きれいなおいしい水が豊かに湧く山でたくさん遊んだ。

蒜山では、「蒜山高原休暇村」に泊まった。
休暇村とは、全国の国立公園や国定公園にあるリゾートホテルだそうで
「自然にときめくリゾート」という言葉が添えてある。

早めにチェックインして、高原を散歩したり、近くのワイナリーでワイン飲んだりソフトクリームなめたりした。空気が気持ちよかった。

夏休みということで家族連れで賑わっていた。
早めにお風呂。さすがに混んでいる。
混んではいるが、なんとなくいやな感じがしない。

夕食はバイキング。
お腹をすかせた息子はトレイをかかえていそいそと料理をとりにいく。
寿司屋台、ローストビーフ屋台、サラダコーナー、和洋中・・・・
ここでは「自分の好きなものを好きなだけ」食べたらいい。
案の定息子の皿の上はまっ茶色で、みごとに肉肉しかった。
さすが中学男子。

いろんな家族が思い思いに食事を楽しんでいる。
ゆかたのお父さんも、パジャマの子供も、すっぴんの母さんも
おじいちゃんは孫に「あーーーん」と大きな口をあけて言い
おばあちゃんはあきれたように笑う。

どちらかというと、誰もいない場所が好きで、
世の中の人の動きとはまるで違うところに遊びに行っていた。
山や野原は貸切で、宿も離れだったりガラ空きだったり
温泉も湯の中にひとり、みたいな旅が好きだった。

こんなに人が多くて混んでいる宿なのに、
いやだなと思わないのはなぜなのか?
ふと、カートを押すひとたちに目が止まった。

それはスーパーの買い物カゴを乗せるようなカートで、
バイキングの料理を運ぶトレーを乗っける専用カートだった。
たしかに、片手に料理を盛ったトレーを持ち続けるのはしんどい。

背中のまがったおじいさんが、カートを押しながら料理を吟味している。
片手に赤ちゃんを抱いたお父さんが、ひょいひょいとカートの上の皿に唐揚げをとっていく。
なんて便利。

それだけじゃなかった。
浴衣の袖が料理をとりわける邪魔になるので、袖を止める用ゴムが準備されていたり、料理の説明がわかりやすく写真付きで書かれていたり、いろんなところに細やかな配慮があった。

食後はテラスで空を眺めた。
暮れていく空を見ていると、スタッフがランタンに火を灯してあちこちに置いていった。デッキチェアをリクライニングさせて、ごろんと星空を眺められるようにセッティングしていった。

卓球台があるというので卓球室に向かうと、ロビーが賑わっている。
これから星空観察会があるのだという。
ちびっこたちが夜のお出かけにわくわく飛び跳ねている。
卓球室の隣からは、気持ちよさそうに歌う昭和のカラオケが聞こえてきた。

「素敵なお宿」は、お客を選ぶ。そんなことはないと言うだろうけど。
客はその宿にふさわしく振る舞うことで、極上のサービスを得られる。
乗ってる車、身につけた時計、靴、カバン
そこはかとなく知れるお客のランク。
背伸びしてそういう時間を過ごすのもいいけれど、
だいたい素足にサンダルな家族なのでね。

この宿はやさしいなぁ。みんなにやさしい。
騒ぐ子供も、叱る親も、そんなの気にならないおおらかさで許していて
それぞれがぼんやり素の自分に戻って、くつろげている。
だから混んでいても許しあっていて、いやな感じがしなかったのか。

わたしが師と仰ぐ温泉たちも、そんなおおらかさで湧いている。

やさしいお茶がいいなぁ。
みんなにやさしいお茶を淹れられる、温泉みたいな人になりたい。
休暇村はみんなにやさしい宿でした。


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