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サイレント・コネクション 第10章

貴仁、純礼、野口慎一、高橋直哉、播本ありさの5人が、古い店で集まっていた。この店は8年前、"ストーンロンダリング"の会議が開かれた場所であり、今でも個室で重要な話し合いが行われることが多かった。

高田圭司がやや遅れて入ってきた。彼は遅れたことを謝罪し、播本ありさが開発したルミナについて魅力的な技術だと称賛した。ありさは照れた表情を見せたが、代わりに彼女のルミナであるアゼリアがお礼を述べる。

アゼリアは、優美な姿をした妖精のような姿で、透き通るような緑色の瞳と、長い金髪が印象的だった。彼女の背中には繊細な薄翼があり、軽やかに空中を舞っている様子が見えた。

「高田さん、ありがとうございます。私たちルミナの開発に関わる者全員が、そんな風に評価していただけることは大変光栄です」とアゼリアは微笑んで言った。

貴仁は、アゼリアのスムーズな対話能力に興味津々で、研究者らしい好奇心に満ちた目で彼女を見ていた。純礼は、アゼリアの美しい姿にちょっと驚いた様子でありながらも、技術の進歩に誇りを感じていた。

高田が本題に入る。PT-RFIDの軍事利用についてだ。高田重工業では、PT-RFIDの技術を防衛省に提供している。"ストーンロンダリング"で用いた技術である。

具体的には以下の技術だ。
・グローブとリストバンドを一体化したような形状をしたウェアラブルデバイスで、腕の回転と指の動きだけでドローンを操ることができる。
・ウェアラブルデバイスは、PT-RFID技術を用いてミリメートルの100分の1の誤差で腕の回転角度や指の動きを検知する。この高精度な検知デバイスでの動きは、即座にドローンに送られる。
・ドローンはまた、同様にPT-RFID技術を用いて高精度な位置情報の検出を行い、座標、回転角度といった情報に変換される。
・ドローンは高度な演算装置を搭載しており、貴仁が事前に練習したときのシミュレータと同様の演算を行っている。
・この高度な演算により計算されたシミュレータの動きと、実際の姿勢が同一になるようにフィードバックとフィードフォワードの制御を行う。

貴仁はこの技術の優位性を理解している。シミュレータと同じ動きというコンセプトには「シームレスコントロール」という名前を付けている。

既にドローンを使った大会では標準的に使われる技術だ。軍事利用も時間の問題だと思われていた。

5年前、高田重工業はこの技術の提供を打診された。この技術を軍事に利用するなんてと貴仁は抗議した。いつかは使われる技術であり、高田重工業がやらなくてもどこかが作る。であれば手綱を握れる方がまだよいと高田は貴仁に説明する。

最終的にこの技術は提供され、昨年から量産されている。

高田は説明を続ける。近年、AIを用いた軍事技術が発展している。その中でStrike Target Except Allies(STEA)というコンセプトが注目されている。AIは民間人を見分けて攻撃しないようにすると言った高度な行動を取れない。そのため、友軍以外の目につく者を片っ端から攻撃するというコンセプトだ。

民間人の死傷者が増大するため、国際条約で禁止する動きがある。しかし、中華連邦は条約に参加していない。今回、世界で初めて軍事利用される可能性が高い。このSTEAを使った戦闘が始まれば、無差別な破壊と民間人への被害が予想される。

高田はSTEAによって死傷者が増大する理由を説明する。STEAのコンセプトでは、AIが友軍を識別し、友軍以外の目につくすべての対象を攻撃対象とみなす。このため、戦場において民間人や非戦闘員が巻き込まれる可能性が極めて高くなる。

AIは現状では人間と同等の判断力を持っていないため、戦場での状況や環境が複雑化すると、民間人と敵対勢力の区別が困難になることもあり得る。その結果、無差別攻撃が行われ、大量の無関係な人々が犠牲になることが懸念されている。

「STEAのコンセプトのドローンは百万円もかからない」高田は吐き捨てるように言う。
「有事の際には中華連邦から少なくとも数戦、多ければ数万のSTEAドローンが飛来すると予測されている。」
このドローンを迎撃用ミサイルで打ち落とすことはできない。費用対効果が全く合わないからだ。

迎撃用ミサイルは高価であり、STEAドローンよりもミサイルの価格の方が上回る。また、小型で機動力に優れたSTEAドローンはミサイルで追跡・撃墜すること自体も難しい。効果的な対策とは言い難い。

貴仁は、高田に遠隔操作するドローンでこれに対抗するつもりなのかと問いかける。「PT-RFID技術を用いた遠隔操作のドローンを使って、STEAドローンを撃墜するつもりなのか?」

高田は頷き、その考えを確認する。「その通りだ。遠隔操作されたドローンは、より効率的で効果的な対策となるだろう。」そして、貴仁に臺灣民主共和国に行ってほしいと依頼する。

「貴仁、君の技術力はこの問題に対して最適なものだと思う。臺灣民主共和国に行って、その場で遠隔操作のドローンを使ってSTEAドローンに対抗する具体的な方法を検討してほしい。」

臺灣民主共和国は、台湾有事に建国された新興国だ。独自の民主制度を確立し、自由な国を目指している。今では日本と軍事同盟を結んでおり、お互いの安全保障を支え合っている。技術供与という形で日本が支援することになるだろう。

貴仁には、PT-RFID技術を用いた遠隔操作ドローンが有効であることがすぐに理解できた。STEAドローンは、GPSを用いてルートを規定して巡回し、見つけた人を識別し、敵であると判断された場合にのみ攻撃するというアルゴリズムだ。そのため、遠隔操作ドローンでSTEAドローンを攻撃すれば、十分に対抗できるだろうと考える。

ただし、懸念事項としては、貴仁自身のドローン技術が挙げられる。ここ数年、貴仁はドローン操縦に携わっておらず、その技術がすぐに使える状態ではないことを高田も理解している。そこで高田は、横山啓太に依頼したことを告げる。

「横山啓太は、私たちと同じくドローン技術に精通している。彼にも協力をお願いしているんだ。彼が君のサポートをしてくれるから、ドローン操縦の技術面での心配はないはずだ。」

詳細はこれから話し合うとして、貴仁は了承した。

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高田は話題を変え、北星市ミサイル事故の犯人について触れ始める。

北星市ミサイル事故は、16年前に起こった悲惨な出来事だ。自衛艦から誤射されたミサイルが、北星市の百貨店を直撃して数百人の死傷者が出た。表向きは事故とされているが、真相は犯人によるハッキングだと思われる。
ただし、誰が行ったのかについてはまだ何もわかっていない。高田はかねてから中華連邦の工作員が仕掛けたものだと疑っている。

犯人は、全ての自衛隊のミサイルを掌握しているとして、内閣を脅した。
だが、犯人が誰かも、ハッキングによってどのような脆弱性が攻撃されたのかも分かっていない。

野口は、犯人とコンタクトを取っているのは内閣総理大臣藤田健太郎や、官房長官・渡辺光宏であると告げる。野口自身も新進党の地方議員のため、ある程度の情報は入ってくる。

藤田健太郎、渡辺光宏、斉藤一郎の3人は全員同じ新進党に所属しているが、藤田健太郎と渡辺光宏の二人は藤田派に属し、一方で斉藤一郎は桜井派に所属している。新進党内では、藤田派と桜井派がそれぞれの立場を主張し、党内で影響力を持っている。これにより、党内の力関係が複雑に絡み合っており、政治的な判断や行動に影響を及ぼすことがある。

藤田派は、経済成長を重視する政策を掲げている。彼らは、国民の生活水準を向上させるために、経済政策や社会福祉政策に力を入れており、教育や医療、環境問題などにも積極的に取り組んでいる。藤田派には、新進党の議員のうち、約120人が所属している。

一方、桜井派は、伝統的な価値観や文化を重視し、国家主義的な政策を支持している。彼らは、自衛隊の強化や国防政策の強化を訴え、外交政策では力強い姿勢を示すことを重要視している。また、地方創生や少子高齢化問題の解決にも力を入れている。桜井派には、新進党の議員のうち、約80人が所属している。

新進党内では、これら2つの派閥が互いに競い合い、政策立案や党の方針に影響を与えている。藤田派と桜井派の対立は、党内での様々な問題や意見の相違を引き起こしており、政治家たちの間でも複雑な力関係が生まれている。

野口は懸念げに話す。「桜井派は軍拡に進もうとしているんだ。彼らは自衛隊の強化や国防政策の強化を訴えており、そのために予算を増やそうとしている。藤田総理は経済を重視しているが、桜井派からの圧力は大きいようだ。」

貴仁は考え込む。「藤田総理は二つの派閥の間でバランスを取ろうとしている。」

野口はうなずく。「そうだ。藤田総理は両派閥からの支持を受けているため、どちらにも配慮しなければならない立場にある。だから、桜井派の要求にも一定の譲歩をせざるを得ない。」

臺灣民主共和国の情勢にも慎重に対処しなければならないことを高田は強調する。桜井派は強硬派であり、斉藤一郎大臣は何度も挑発的な軍事演習を行っていることから、緊張状態が高まっている。

戦争に向かおうとしているかのように見えるこの状況は、貴仁たちにとっても大きな懸念事項である。彼らは、技術力を活用して平和な解決策を模索しながら、複雑な政治的なバランスにも気を配らなければならないのだ。
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その後、ルミナのパフォーマンスが行われた。貴仁たちは店の外に出て、まずは貴仁のルミナ - セレナが紹介された。

セレナは白い毛皮に覆われた美しいオオカミだ。瞳は金色で、優しくも聡明な表情を見せる。白い毛皮には細かい銀色の模様があり、月明かりの下では幻想的に輝く。

セレナはその姿で様々な動きを表現する。時には優雅に足を踏み出し、そのしなやかな肢体を見せつける。また、獰猛な一面を見せるかのように牙を剥き出しにして威嚇し、その迫力に圧倒される者もいる。しかし、彼女の真の力はその瞬発力と俊敏さにある。一瞬のうちに姿を消し、次の瞬間には遠く離れた場所に現れるかのような速さで動く。それはまるで幻影のような不思議な動きであり、見る者を魅了する。

次に、純礼のルミナ - フレイが紹介される。フレイは小さな妖精のような姿で、羽のある耳と透明な翼を持っている。緑色の髪と瞳が特徴で、いつも元気な表情を浮かべている。華奢な体格で華やかな衣装を身にまとう。

フレイもまた様々な動きを表現する。彼女は空中を軽やかに舞い、その透明な翼で美しい花のような模様を描く。また、素早く縦横無尽に飛び回り、まるで蝶のような優雅さで見る者を楽しませる。時には不意に停止し、その場でくるりと回るような軽快な動きを見せる。そして、純礼のそばに戻ってニコッと微笑む姿は、彼女の忠誠心と愛情を感じさせる。

ありさのルミナ - アゼリアの番だ。アゼリアは色鮮やかな羽根を持つ鳥の姿で、頭部には長いトサカがある。鮮やかなオレンジと赤のグラデーションが特徴で、翼を広げると圧巻の美しさを見せる。人懐っこい表情であり、歌声も美しい。

アゼリア空を飛ぶ際には、翼を力強く羽ばたかせ、優雅に舞い上がり、急降下や旋回を見事にこなす。地上では、歩幅の広い足取りで歩き、頭のトサカを揺らしながら愛らしく振舞う。また、美しい歌声を披露し、周囲の人々を魅了する。その歌声は、ありさの心に寄り添い、彼女を励まし支える力となっている。アゼリアの鮮やかな姿と美しい歌声は、心の琴線に触れる存在となっている。

最後にセレナ、フレイ、アゼリアは同時にパフォーマンスを披露する。セレナは優雅で妖艶な動きで月夜の幻影を想起させるダンスを舞う。そのダンスは、まるで闇夜を照らす銀色の月光のように見る者の心を奪い、美しいオオカミの姿は幻想の世界に迷い込んだかのように感じさせる。

フレイは、その透明な翼で宙を舞い、空中で優美な舞踊を繰り広げる。その華奢な身体が風に乗って舞う様子は、まるで幽玄な絵画の中から飛び出した妖精のように繊細で美しい。同時に、アゼリアは翼を広げ、煌めくオレンジと赤の羽根で宙に舞い、彼女の姿はまるで夜空に燃え盛る炎のように見える。彼女の歌声は、甘く魅惑的で、その響きに耳を傾ける者たちの心を魅了し、逃れられない夢へと誘う。

3匹のルミナがそれぞれの特徴を活かして同時に動きを披露する様子は、まるで見る者の心を弄ぶ魔法の舞台のよう。その独特の魅力が交錯し、共に見る者の心を捉え、忘れられない感動を呼び起こす。

参加者たちや、通りかかった人々が感嘆の声を上げる。その声は、まるで花火のように空に響く。彼らの顔は驚きと感動で輝き、その瞳はルミナたちの美しいパフォーマンスに釘付けになっている。

若いカップルは、互いに目を合わせて笑顔を交わし、その感動を共有する。家族連れの子供たちは、目をキラキラさせてルミナたちの動きに見入り、両親も微笑んで子供たちの反応を楽しんでいる。年配の方々も、その美しい光景に心を奪われ、若い頃の思い出が蘇るかのような表情を浮かべている。

通りかかった人々は、足を止めて目の前の光景に見入る。

彼らはまるで新しい時代の扉が開かれる瞬間を目撃しているかのような気持ちになり、胸が高鳴るのを感じた。
ルミナたちの存在は、人々の生活や科学技術、さらには社会全体にも変革をもたらす可能性を秘めていた。それはまるで、かつての人類が初めて火を手にした時や、電気が発明された時のような、歴史的な転換点を目の当たりにしているかのような感覚であった。

播本ありさは、自分が開発したルミナたちが世界の人々に歓迎される様子を見て、内心満たされると同時に緊張感が緩和されていった。長い時間と多くの努力をかけて、ルミナの開発を進めてきた彼女は、この瞬間を夢見ていた。ついにその夢が現実となり、その成果が人々の喜びに繋がることを目の当たりにして、心の底から達成感と喜びを感じていた。

そして、彼女は自分が歩んできた道を振り返り、これまでの苦労や挫折、そして支えてくれた仲間たちへの感謝の念に胸が熱くなる。彼女は、この先も未知なる道を進み続ける決意を新たにし、ルミナたちがもたらす未来の可能性に胸を躍らせた。


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