サイレント・コネクション 第7章

作戦会議

「釈放だよ」という声が聞こえた。高橋刑事だった。
証拠不十分で不起訴になるようだ。
これで、もう不毛な取り調べは受けなくて良い。
貴仁はほっとするが、まだ油断はできない。

警察署を出るとき、見知った顔があった。野口刑事だ。
野口刑事: 「お疲れ様です。ちょっと、話があるんですが、いいですか?」

貴仁: 「え、話って?」

野口刑事は隣にいた高橋刑事を見て、再び貴仁に話しかけた。

野口刑事: 「実は、あなたの父親に関する情報が入ってきまして、それをお伝えしたいんです。」

貴仁: 「父親のことですか…。どういうことですか?」

高橋刑事: 「あなたに直接話さないといけないことがあるんです。少し時間があるなら、一緒に来てもらえますか?」

貴仁は、父親のことを聞けるという言葉に心を動かされ、同行することを決める。

貴仁: 「分かりました。どこへ行くんですか?」

野口刑事: 「近くの古い店に行きます。そこで落ち着いて話ができると思います。」

貴仁は二人の刑事と共に、車に乗り込んだ。

20分ほど車で走り、高橋が運転している。途中で何が起こるのかという不安が頭をよぎるが、父親のことを知るため、貴仁は決意を固める。

車はやがて古い店に到着した。
木造の建物で、その外観は長い年月を経た風合いが感じられた。
屋根には苔が生え、窓ガラスは曇り気味で、中がうっすらと見える程度だった。扉の上には、小さな看板が掛けられており、 かろうじて店の名前が読み取れる。
周囲には似たような建物が立ち並んでいて、まるで時代を越えたかのような錯覚に陥る。

店の中に入ると、床は畳が敷かれ、天井は低く、照明は暖かみのある光で照らされていた。壁には古ぼけた写真や色褪せた掛け軸が飾られており、歴史と文化の息吹を感じさせる。

店に到着し、個室に通されると、貴仁は驚いた。目の前には、高田圭司、純礼、そしてありさがいたのだ。

貴仁: 「えっ、なんでみんなここに?」

純礼は少し緊張しながら答えた。

純礼: 「貴仁、ごめん。色々と説明しないといけないことがあって…」

高田圭司も口を開く。

高田圭司: 「私たちもあなたに話すべきことがあるんです。」

ありさは無言で貴仁を見つめていた。彼女の目には怒りと悲しみが混ざっていた。
彼女は貴仁が逮捕されたことに関して混乱しているようだ。

野口刑事: 「実は私たちも、貴仁さんの父親について調べていて、高田さんや純礼さんと情報交換をしていました。」

高田は、苦笑いしながら言った。「T-RFIDシステムのせいで、こんな場所に集まらないと、まともに会話もできないんだよ。今どきの場所では、監視が厳しくてね。どこで会話や画像がシステムに保存されていても不思議ではないのだから。」

「詳しく説明をしたいのだけど」と高田は言う。
「今はそんな時間はないんだ。さしあたって例の石を取り戻す必要がある。」貴仁は驚いた。高田が奪ったわけではないようだ。
石は今警察署の保管庫にある。しかし、いつ持ち出されるかわからない状況だと野口が言う。保管庫は警察署内で厳重に管理されており、入室時にはT-RFIDが用いられており、記録が残る仕組みになっている。野口は警察官としてアクセス権限を持っており、石を持ち出すこと自体は可能だが、その行為が記録に残ってしまうことが問題だ。

「石を持ち出すことはできるんだけど、それじゃあ気づかれちゃうんだよね」と野口が言う。「記録が残る以上、後でバレるリスクがある。だから何か他の方法を考えないと…」

最も重要なことは、盗まれた石が、どこにあるか知られないことだと高田が言う。「解ってしまったら、返還要求が行われるからだ。」

つまり、石を持ち出して知らないうちにどこかに消えてしまうような状況が重要だ。皆はその状況を作るためにどのような手段を取ればいいのか。

問題は持ち出した石の存在を追跡不能にすることだ。
マネーロンダリングならぬ、ストーンロンダリングのようだと貴仁は思った。

高田は説明する。「石の存在や移動を追跡できないようにすることだ。それによって、石がどこにあるか分からなくなる」

これが極めて困難である。
現在、市販されているすべての自動車にはT-RFIDの仕組みが導入されている。
自動車で移動すれば全ての経路がばれてしまう。

「T-RFIDは高田重工業で開発したシステムだ。何とかならないのか?」と貴仁が尋ねる。

高田は苦笑しながら言う。「このシステムは国に納品されている。国の管理者が運用しているんだ。5分間ならば気づかれることなくシステムを停止させることは可能だけどね。」

警察署から高田重工業の本社までは直線距離で15キロほどある。渋滞していなくても30分はかかる。わずか5分での移動は困難だった。

「そこで、君たちが大会に参加しようとしていたドローンを使いたいんだ」と高田が言う。「PT-RFIDを用いた仕組みだ。確かに、この仕組みであれば位置と姿勢を極めて高精度に検出できる。ただし…」

「電波の中継ポイントがない。それが問題だ」と貴仁は言う。

高田はニヤリと笑う。「それについては問題がない。既にルートは選定しているんだ。警察署を出て、狭い路地を抜けて廃線になった地下鉄に進入。地下を通って高田重工業まで移動する。その途中に電波の中継ポイントを設置する」

貴仁は驚く。まさか、東京のど真ん中をドローンで疾走するプランを提案されるとは思わなかった。しかし、確かにこのプランならばなんとかなるかもしれない。

「だが、地下の狭い空間でドローンを操縦するのは難しいんじゃないですか?」貴仁が不安そうに尋ねる。

高田は安心させるように言う。「心配しなくても大丈夫だ。高田重工業が作った最高のドローンを提供するよ。君たちの技術力もあれば、この計画は成功するはずだよ。」

ストーンロンダリング

午後10時、いよいよ決行の時がやってきた。野口は警察署内を慎重に進んで保管庫に向かった。彼は緊張しながらも、自分の役割を果たすことを決意していた。

警察署の廊下は静かで、足音が響くのを避けるため、野口はゆっくりと進んだ。廊下の突き当りにあるエレベーターに乗り、地下の保管庫へ降りた。彼は警戒を強めながら、誰にも見つからないように注意深く進んだ。

地下の保管庫にたどり着くと、野口はその前で一度立ち止まり、周囲を見回した。確認したところ、誰も近くにいないことを確認し、彼はドアにかかっているセキュリティを解除した。

保管庫に入ると、数々の証拠品が並べられていた。野口は石が置かれている場所をすぐに見つけ、手に取った。彼は石を細心の注意を払って、隠し持ち、保管庫を出た。

野口は再びエレベーターに乗り、地上階へと戻る。彼は警察署の裏手にあらかじめ用意していたドローンに石を取り付ける。

高田重工業のシミュレーション装置前で準備していた貴仁は、彼は緊張の面持ちで、ドローンの動きに神経を集中させていた。

ドローンはゆっくりと飛び立つ。貴仁はシミュレータに表示される映像を見ながら自ら開発したPT-RFIDを用いたウェアラブル操作端末を用いてドローンを操作する。

ウェアラブルデバイスは、グローブとリストバンドを一体化したような形状をしており、腕の回転と指の動きだけでドローンを操ることができる。精密で直観的な操作は、事前にたくさんのシミュレーションをこなせない状況では役に立つ。

貴仁はシミュレーションの通り、ドローンを飛ばしていく。まずは警察署に隣接する緑地公園に向かう。木々の間を縫うように進む。彼はドローンの映像を見ながら、繊細な動きで機械を操作していた。落ち葉が舞い散る中、彼は木の枝や葉の隙間に注意を払い、ドローンを慎重に進めた。

ドローンからはリアルタイムで画像が送られてくる。独自に開発したメッシュ型の通信システムが用いられている。テラヘルツ波の高速通信を使用しているため、極めて低遅延だ。わずか数ミリ秒の誤差で、ドローンのカメラで撮影された映像が貴仁の元に送られてくる。
メッシュ型通信システムは、ノード間の通信が途切れた場合でも、他のルートを自動的に探し出してデータを転送することができる。これにより、通信の途切れがなく、信頼性が高い。
新しいノードを追加することが容易で、通信範囲を簡単に拡大できる。ノードが追加された際は、PT-RFID技術を用いて互いの位置関係を自動で計測し、メッシュネットワークを構築する。
この技術によって、ノードを設置するだけで最適なネットワークを構築している。

ドローンからはリアルタイムで画像が送られてくる。独自に開発したメッシュ型の通信システムであり、ラグは数ミリ秒しかない。
ウェアラブルデバイスは、PT-RFID技術を用いてミリメートルの100分の1の誤差で腕の回転角度や指の動きを検知する。この高精度な検知デバイスでの動きは、即座にドローンに送られる。
ドローンはまた、同様にPT-RFID技術を用いて高精度な位置情報の検出を行い、座標、回転角度といった情報に変換される。
ドローンは高度な演算装置を搭載しており、貴仁が事前に練習したときのシミュレータと同様の演算を行っている。
この高度な演算により計算されたシミュレータの動きと、実際の姿勢が同一になるようにフィードバックとフィードフォワードの制御を行う。
シミュレーションと全く変わらないよと高田は言う。まさにその通りだ。フライトシミュレータで飛ばしているのとまったく同じように、ドローンを操作できる。

ドローンは、時速120キロ以上の超高速で緑地公園を疾走する。貴仁はウェアラブルデバイスを駆使して、ドローンを緻密に操作し、木々の間を縫うように飛行させる。公園の木々は様々な種類のものが混ざり合い、高低差がある場所も多い。ドローンは細い枝に囲まれた狭い空間を縫うように進む。

風が吹くたびに枝が揺れるが、ドローンは安定した飛行を続けることができる。貴仁は高度な演算装置とシミュレータでの練習データによって、外乱に対応しつつ、狙った経路通りにドローンを操縦する。

樹木の密集したエリアでは、ドローンは幹や枝に接触しないように慎重に進む。大きな木の幹を回り、地面からわずか数メートルしか離れていない低空を滑空する。そして、木の葉が茂る上空にあがり、風に揺れる枝の間を素早く抜ける。ドローンはまるで生き物のように瞬時に方向転換を行い、木々の間を巧みに操縦していく。

この公園はドローンの飛行が許可されている特別なエリアであり、その日も何人かの大会に参加するドローン操縦者たちが練習のために飛行していた。

貴仁のドローンはそれらの中でも圧倒的な速度で飛行していた。他のドローンたちは時速40キロから60キロで飛ぶのがせいぜいだが、貴仁のドローンは時速120キロ以上で木々を縫って進む。その速さと操縦のスムーズさは、周囲の操縦者たちを驚かせる。

公園を抜けると、旧市街地へとドローンは進む。かつて栄えていたが、人口減少によって人々が住まなくなった地域である。建物が密集しているため、街灯も少なく暗い雰囲気が漂っている。ドローンに搭載されたカメラは暗視性能が高く、暗闇でもクリアな映像を貴仁に送り続けている。

ドローンは闇夜に紛れ、幅わずか1~2メートルの狭い路地を疾走する。建物の影に隠れるように飛び、壁際を擦るような動きで進んでいく。操縦者である貴仁は、ウェアラブルデバイスを駆使し、緻密な操作でドローンを誘導している。狭い路地の中でも、ドローンは一度も壁に接触することなく安定した飛行を続ける。

かつて賑わいを見せていた通りは今や寂れており、昔の面影を感じさせる古い建物がひしめく中、ドローンは躍動感あふれる飛行を続ける。
破れた看板や錆び付いた自転車が放置されている光景が、ドローンのカメラに映し出される。

カーブや急な坂道、狭いアーチが連なる路地を、ドローンは時速120キロ以上で縫うように飛び抜けていく。廃墟と化したビルの隙間や、危うく崩れかかった壁をかわしながら、貴仁はドローンを操縦していく。

ドローンは、使われなくなった用水路に入る。用水路は狭く、両側にコンクリートの壁が迫っており、一歩間違えば大事故につながる危険な場所であった。貴仁は冷静さを保ち、ウェアラブルデバイスを用いてドローンを正確に操縦する。

用水路の中は暗く、様々な障害物が待ち構えている。古い木製の橋が崩れかけていたり、土砂崩れが道をふさいでいる場所もあった。ドローンに搭載された高性能の暗視カメラが、それらの障害物を鮮明に捉える。貴仁は、これらの情報をもとに、ドローンを迅速かつ正確に操縦して用水路を進んでいく。

ドローンは、周囲に目立たないように出来る限り低空を最大速度で飛行する。水面からわずかに離れた位置で、壁と壁の間を縫うように進む。時折、水鳥が驚いて飛び立つ様子がカメラに映るが、ドローンは彼らを避けながらも、速度を落とさずに飛行を続ける。やがて、用水路の終点が近づいてきたことを示す古い閘門が見えてくる。

廃線となった地下鉄の入口に到達する。入口は厳重に封鎖されているが、事前のリサーチで地下鉄の構造を把握しており、ドローンが侵入できるひとつの弱点を見つけ出していた。それは、かつての緊急脱出口であった。

貴仁は、ドローンを超高速を維持したまま、狭い緊急脱出口に向かわせる。タイミングを見計らい、ドローンは急角度で脱出口に潜り込む。ドローンは無事に地下鉄の駅へ侵入し、闇に包まれたホームにたどり着く。

周囲は静まり返っており、廃墟と化した地下鉄の駅は幽霊のような雰囲気を漂わせている。貴仁は、ドローンをホームから線路の上に飛行させる。線路はまっすぐに伸びており、ドローンは安定した高速で進むことができる。

地下鉄のトンネルは薄暗く、所々に水滴が落ちる音が響く。ドローンは懐中電灯のような照明を点け、周囲を照らしながら線路を進んでいく。カーブや分岐点に達するたび、貴仁は瞬時に判断し、ドローンを正しい方向に誘導する。

廃線になった地下鉄はまるで迷路のようだ。事前に地下鉄の構造や経路から、適切なルートを選択できるように準備していた。しかし、フライトシミュレータとは違い、実際の現場ではルートを間違えた瞬間に映像は送られてこなくなり、ドローンは墜落してしまう。貴仁は集中力を高めて慎重に道を選んでいく。

地下鉄のトンネルは複雑に入り組んでおり、分岐点が多く、廃墟と化した駅やトンネルの中には崩れた壁や落ちた天井の瓦礫が散らばっていた。貴仁は、ドローンを操る手に緊張を感じながらも、慎重にルートを選択し続ける。

最後の分岐点を無事に通過し、貴仁は安堵の息をつく。道中で遭遇する瓦礫や障害物を素早くかわしながら、ドローンを地下鉄のトンネルから脱出させることに成功する。

最後の障害を乗り越えた貴仁は、ついに、目的地である高田重工業に到着する。

ミッションコンプリートだと貴仁は思った。無事に純礼と高田がいるエリアにドローンを停止させる。貴仁はドローンを着陸させ、自分の位置から目的地まで急いで駆けつける。

息を切らしながら到着した貴仁は、純礼と高田が石を取り出すのを見守る。二人はドローンに取り付けられていた石を慎重に取り外し、その状態を確認する。石は無事であり、遠くから運ばれたにもかかわらず、何のダメージも受けていないことに安堵する。

純礼は貴仁に感謝の言葉を述べ、高田も頷きながら彼に敬意を表する。ミッションは成功し、貴仁は達成感に満ちた笑顔を見せる。


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