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夜の郵便配達「一周忌」最終回

4.

それからしばらく妻と歓談した。楽しかった。二人が出会ったときのことから妻が病気になるときまでのことを話した。たった数時間のことなのに妻と一緒に生きてきた時間が走馬灯のように蘇った。

「時間が経つのを忘れそうだよ」僕が言うと、妻は屈託のない笑顔で「時間ってね、1秒も100年も実は変らないのよ」と呟いた。

「どういうこと?」

「それは、あなたが死んだときにわかるわ」また笑った。

近所の農家が飼っている鶏が鳴いた。

「あ、もう戻らなくちゃ。ミー、ほら一緒に行くわよ」妻が立ち上がるとミーも「ニャア」と鳴いて一緒に立ち上がった。

「もう行っちゃうのか?」

「うん…」妻が寂しそうな顔をした。

ミーを抱いて「お前まで行っちゃうと、俺は毎日泣いて暮らさなくちゃならないね」と言うと、ミーは「ニャア」とまた鳴いた。

「お盆に、ミーを連れて、また来るから…」

「ああ、そうだね」

「今度はお父さんとお母さんも連れてこようか?」

「そうしてくれると、ありがたいよ。お前のご両親も一緒にね」

「うん」

妻とミーが玄関に向って歩いて行く。僕もそのあとをついていく。

「私たちが出て行ったら玄関のドアを閉めてね」

「見送るよ」

妻は首を振って「私たちと一緒にドアの外に出たら、私たちとはもう会えなくなっちゃうよ」

「何で?」

「あなたには、まだ寿命があるんだからね。寿命がある人が一緒に行こうとすると、この世にもあの世にも行けずに消滅しちゃうのよ。私たちの記憶からも消されちゃうらしいわよ」

「そりゃイヤだな」

「だから、私たちが出て行ったら、一度、ドアを閉めてね。そうするとあっちとこっちの境目が消えるから安全よ」

「わかったよ」

「じゃあね」妻が僕に向って手を振ると、ミーも僕を見て「ニャア」と鳴いた。涙が出た。

「また、泣いてる。泣き虫ね。じゃまたね」妻が笑った。

ドアを開けて妻とミーが玄関から出て行った。玄関のドアがゆっくりと閉まった。

「あ、おい!」お盆の食事は寿司でいいのか聞くのを忘れた。

急いで玄関のドアを開けると妻もミーもいなかった。朝日が眩しかった。

「寿司でいいよな…」呟くと、また涙が出た。

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