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「3人で推理小説を書きなさい」カルチャースクール覚書

 


カルチャースクールでは、毎回、僕自身の勉強のためにも様々な実験を行なっています。今回は受講生3人にそれぞれ「発端篇」「捜査篇」「解決篇」と分担して『合作推理小説を書いていただく』という実験です。

何も決めずに書いてもらってはメチャクチャになると予想されるので、まずは登場人物と事件の概要を決め、それに沿って、発端、捜査、解決の3つをそれぞれに書いていただくということにしました。

登場人物:吹き矢講師の田中(被害者)、井上明(被害者?)、吹き矢教室の受講生(佐々木、佐藤、村井の3人)、スクール事務員の田辺、明智耕助(探偵教室講師、私立探偵)、明智真知子(明智の妻)

内容設定:私鉄の清水駅、駅ビル3階にあるカルチャースクールの教室で講師の田中が殺される。教室には窓があるが、何しろ3階であるうえに窓の下は線路が走っており脱出は不可能と思われる。教室の表には事務員の田辺が座る受付があり、田辺の証言によれば、教室には田中講師と受講生3人以外に人の出入りはなかった。

以上の設定内容で、受講生3人に「発端」、「捜査」、「解決」それぞれを分担して書いてもらいますが、文章力も感性も異なるので、多分、終始一貫しない異様な物語ができるだろうと思われました。結果は思った通りで、発端はまあまあの内容で、捜査篇と解決篇は苦労の跡が見られるものの、特に解決篇を担当した方は、設定とは異なる被害者の焼死などが突然書かれており、戸惑いました。

同様にChatGPTにも同じ内容概要で、かつA、B、Cと文章力も感性も異なる3人を仮想設定させて書いてもらいました。これは次回に掲載させていただきます。

以下、受講生の作文を大幅修正したものです。

 「カルチャーセンター殺人事件」
 

第一章:事件の発端篇

             
 
 
 新型コロナウイルスの感染が広がり始めた年の夏 、小海線清水駅と初美駅の中間にある高架ガードの下を通る県道で男性の遺体が発見された。真夜中でも交通量の多いこの高架下の県道は、上り下りの車道に仕切られており、さらにその両脇には歩道が設けられている。歩道は車道よりも高い場所に設置されており、車道には侵入できないようになっている。
 
 当初、男性は何らかの要因で歩道から車道に落下し、車に轢かれたものと思われたが、検死の結果は意外にも感電死ということがわかった。さらに男性は、清水駅に勤務する電車整備員の井上明(43歳)で、当日は休みだったということがわかった。
 
「カルチャースクール」
 
 小海線清水駅ビル3階のカルチャースクールは人もまばらで休講の空き部屋が目立ち始めていた。吹き矢教室の受講生・村井が駅の改札口の脇にある階段をあがって来た。検温器と消毒液が置かれた受付カウンターでは、事務員の田辺明代が電話応対していた。いつも事務員は2~3人いるが、今日は「吹き矢教室」と「探偵教室」の2つの講座しかないので田辺ひとりで対応しているのだった。探偵教室というのは私立探偵の明智耕助が月に2回行なう講座で、この日は5人の受講生が参加していた。
 
 村井が耳を澄ますと、近くの神社の森の木々にすがりついて鳴く蝉の声に、自分の短い一生を惜しむような必死さを感じた。
 
「まだ誰も来ていないわ。早く来過ぎちゃった」村井はため息をついて受付前の待合室に座った。
 
 スクールの階段をのぼる音が聞こた。吹き矢の道具が入った大きなカバンを抱えた吹き矢講師の田中一郎がいつもより早く教室にやって来た。待合室に座る村井を見ると、「村井さん、おはようございます。今から講座の準備をしますから、時間になったら教室に入って下さいね」と言って笑いながら受付に歩いて行った。長年スポーツジムで鍛え上げた体躯は筋肉質で若々しく、モノトーンのファッションも決まっていて、とても60歳に見えない。毎日ジョギングも欠かさないそうだ。
 
「先生、今日も若々しくてかっこいいですね」電話を終えた事務員の田辺が声をかけると田中が喜んで「あ、そう?」と言って、彼女と談笑し始めた。
 
 事務員と少し談笑したあとに田中は教室に入って行った。
 
「吹き矢教室での事件」
 
 吹き矢教室の開講時より受講している佐々木と佐藤は、暑さにもコロナ禍にもめげずに通ってくる教室の長老とも言うべき存在だ。今日もまた2人一緒に賑やかに談笑しながらスクールの階段をあがって来た。受付で検温と消毒を済ませて受付に受講票を渡す。村井が「田中先生は、5分くらい前に教室に入りましたよ」と言うと、佐々木と佐藤は「あら、そうなの? あ、時間になったわ。じゃあ教室に入りましょ」と言いながら3人は教室に入った。
 
 教室に入ると田中が床に倒れていた。「キャー!」と叫びながら佐々木と村井が受付に走って行った。佐藤は教室に残って田中先生に近づいて見た。田中は微動だにせず、息もしている様子もない。
 
 佐藤が「田中先生が倒れてる!」と叫ぶので田辺が慌てて教室に入って来た。田中が血だらけになって倒れているのを見た田辺は受付に戻ると警察に電話をしながら「佐々木さん、申し訳ないけど救急車を呼んでください」と言った。佐々木は「あ、はい」と返事をしてスマートフォンで救急車を呼んだ。
 
 そこにスクールの別の教室で「探偵教室」を行なっていた私立探偵の明智耕助が騒ぎを聞きつけてやって来た。
 

第二章:事件の捜査篇 

            
 
 私立探偵の明智耕助は、若い頃に「猫神邸事件」「七つの墓殺人事件」「迷路島無差別事件」など数々の難事件を解決した名探偵だった。
 
 教室に入った明智が目にしたのは床の血の海に転がった田中一郎の死体だった。田中の胸には大きな登山ナイフが突き刺さっていた。出血量から見ると心臓をひと突きされたに違いなかった。講座の準備をしていたようで、右手には吹き矢が握られていた。また教室内から機械油のような匂いがした。吹き矢のメンテナンスにつかうのだろうか?
 
 「これは殺人事件に間違いないが、不思議なことに犯人の姿はない。とすれば、教室の何処から脱出したのだろう?」
 
 明智は遺留物に触れないように慎重に歩きながら教室内を凝視した。見れば窓が開いている。窓まで歩いて下を見た。電車の屋根が見えた。カルチャースクールは駅ビルの3階にあり、窓の下には線路が走っている。3階と言っても通常のビルの5階分ほどの高さはある。窓から飛び降りれば、かなりの重傷を負うか、下手をすれば電車に轢かれて死んでしまう。
 
 「窓から飛び降りるのは不可能だな・・・」と呟いて教室を出た。遠くからパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
 
 教室から出た明智は事務員の田辺に「田中先生と、この受講生さんたちが教室に入ったのは同じ時刻だったのかい?」
 
 「いいえ、田中さんが教室に入ってから佐々木さんと佐藤さんと村井さんが教室に入るまで5分間の差はありました」
 
 「その5分の間に誰か教室に入ったのかな?」
 
 「いいえ、誰も入っていません。私はずうっとこの受付にいましたから・・・」
 
 田中が教室に入ってから村井と佐々木と佐藤が教室に入るまでの5分間の空白があるが、田辺が言うことが本当ならば、その間に誰も出入りできない。それでもスクールにいた全員が容疑者だ。事務員の田辺と佐々木と佐藤に村井、それに明智と、彼の教室の5人の受講生が容疑者というわけか?

「難航する捜査」
 
 田中一郎の事件から3日が過ぎた。県警の捜査は難航していた。明智は独自の捜査を始めていた。
 
 事件現場となったカルチャースクールは月末まですべての講座を休講としたために建物は静まりかえっている。駅ビルの下からスクールを見上げた明智は己の推理思考からあらゆる可能性を抽出して、ある可能性に達していたが、まだ未確定だった。
 
 あの日、現場にいたのは、私と事務員と佐々木と佐藤の4人だった。明智の教室には受講生が5人いたが、全員が明智の教室から出なかったので犯行を行なうことは出来ない。明智も同じだ。
 
 明智は、事件の翌日に吹き矢教室の3人に話を聞いた。佐藤は比較的冷静だった。
 
 「何とか田中先生を蘇生しようとして先生の傍に駆け寄ったのですが、明らかに事切れている姿に呆然としました。生きている先生を最後に見たのは前日でした。私が近所の公園で犬の散歩をしていると、ジョギング中の先生が声をかけてきました。“明日、佐藤さんの作品を楽しみにしていますよ”と言って笑っていました。特に変わった様子もなく、手を振って走って行きました」
 
 佐々木は事件のショックで体調を崩していた。専門のカウンセラーに診てもらっているそうで、明智は話を聞くことができなかったが、彼女の娘に話を聞くことができた。
 
 「母は、事件のショックで充分に眠れないようです。たまにウトウトしては“先生を助けて”と叫んだり、少し眠ったと思えば“教室の中で変な匂いがする”と寝言を言ったりするんです」
 
 「変な匂い?ああ、そういえばあの日、機械油のような匂いがしていたな」明智は思い出した。
 
 次に話を聞いたのは村井だった。村井も佐々木と同様に精神的にまいっているようで、酷く暗い表情で明智の質問に答えた。
 
「警察の事情聴取で話した以上のことはありません。あの日、私は早く来すぎて、受付の横にある待合室に座っていました。しばらくして田中先生がやって来て事務員と少し談笑してから教室に入っていきました。佐々木さんと佐藤さんが来たところでちょうど時間になったので、3人で教室に入ったら先生が教室の床に倒れていました」
 
 「教室内ではいつもと違う匂いはしましたか?」
 
 「ああ、そういえば何の匂いかはわはかりませんが、確かに匂いはしていましたね」
 
 吹き矢教室の3人だけでなく、事務員の田辺明代にも話を聞いた。田辺は、スクールが始まる10時より1時間前に出社したという。
 
「当日は私ひとりなので、教室内の掃除や整理を行なわなくてはいけないんです。一通り掃除を終えると10時10分前でした。そこに探偵教室の明智さんと受講生さんがお見えになり、すぐに教室内にお入りになりましたよね?」明智が頷いた。 
 
「田辺さんが掃除をしているときに教室内に誰かが入ってきませんでしたか?」
 
「明智先生もご存じのように教室は全部で5部屋あり、当日は明智先生の講座と田中先生の講座だけですから2つの教室だけを掃除してからトイレの掃除もしましたが、その間、誰かが入ってくる気配は感じませんでした」
 
「でも、スクールの入り口には鍵がかかっていないし、誰かが入って来るという可能性はあるね。田辺さんが掃除しているうちにこっそり田中先生の教室に入って隠れていた・・・」
 
「刑事さんも同じ事を言っていました」
 
「それ以外、考えられないからね。でも、誰も目撃者はいなかった」
 
「そんなことより、田辺さん、あなた、今までストーカー被害に遭ったことはありますか?」
 

第三章:事件の解決篇


「消えた犯人」           

 
明智耕助は自分の探偵事務所でコーヒーをすすりながら考えていた。

「犯人は何処へ消えたんだ?」
 
そこに明智の妻・真知子が入ってきた。真知子は地元の新聞社で記者をしている。
 
「どうしたんだ?」
 
「警察で聞いたんだけど、事件当日、ここから少し離れた高架下の道路で男の死体が見つかったんだって。その人がこの駅で、電車の整備員をしていたそうよ」その話を聞いて明智の目が動いた。
 
 「その整備員の名前は?」
 
 「井上明という人で43歳の独身だそうよ」
 
「なるほど、事件解明までもう少しだ。それじゃ現場に行ってみよう」
 
 明智は、真知子が運転する車で整備員の死体が見つかった現場に向った。現場は交通量が多くて常に渋滞している有名なところだ。その上に電車が走る高架橋が設けられている。
 
「目撃者によれば、高架の上から男が落ちてきたんだって。その目撃者は車を運転していたら、突然、空からもの凄いスピードで人が落ちてきて道路に叩きつけられたのを見て、慌ててブレーキを踏んだそうよ」
 
「落ちてきた男の服装は?」
 
「機械油で汚れた作業服を着ていたそうよ。
 
「ああ、なるほど、わかったよ」
 
「何が?」
 
「事件の全貌がだよ。じゃあ警察に行こう」
 
明智は真知子は地元の警察署に向った。明智は警察で担当刑事に以下のように話した。
 
「田中先生を殺した犯人は高架下で死んでいた井上明です。当日、休みだった井上は汚れた作業服を着て仕事に行くと見せかけて、カルチャースクールに向ったんです。
 
スクールに着くと事務員の田辺さんの目を盗んで田中先生の教室のロッカーに隠れたんです。しばらくして、そこに田中先生が入ってきた。井上はロッカーから飛び出ると持っていた登山ナイフで田中先生の胸をひと突きしてから窓から逃げたんです。
 
ちょうどその時間には真下に電車が止まっており、電車の屋根の上に飛び降りたんです。そのまま屋根にへばりついて、どこかの駅で電車が停車したときに屋根から降りて逃げるつもりだったんでしょう。ところがまだ息の合った田中先生が最後の力を振り絞って井上に向けて吹き矢を発射したんです。その痛みに驚いた井上は予定していた安全な落下地点から外れて電車の架線に触れて感電死したんです。
 
どういうわけか電車の発車に影響もなく、そのまま電車は発車。井上の死体を載せた電車が高架橋にさしかかると、ああ、あそこは軽いカーブになっていますから、カーブの遠心力で死体が屋根から振り落とされて道路に落下したんでしょうね。
 
井上の犯行動機ですか? それはスクールの田辺さんにも聞いて下さい。井上は田辺さんのストーカーをしていたんです。田辺さんが駅中で田中先生と談笑しているのを何度も目撃し、ふたりはできていると勘違いして殺そうと思ったのでしょう。実際には田中先生と田辺さんは講師と事務員ということで談笑していただけなのに、井上には自分が叶えられない妄想から田中先生を殺し、自分もまた事故死してしまったんです」


昭和5年に書かれた連作探偵小説。春陽堂文庫から刊行されています。

*無理矢理な展開でガッカリされたかと思いますが、原文を多少修正しただけでは、物語になっていないのです。いくら登場人物や内容を規定しても、文章力と感性が異なる3人の人間が「同時に書く」と、まったく整理できないのですね。そこで僕が、かなりの文章を追加して修正したのです。

その昔、日本だけでなく海外にも雑誌や作家の余興企画として探偵小説作家たちが発端から結末までを書き継ぐということが何度もあったのですが、あれは、まず作家のひとりが発端篇を書くのです。それを読んだ別な作家が次の部分を書き継いでいくというリレー方式で、ひとつの作品として成立させるのですが、プロ作家でも、前の展開がわかっていたとしても、ひとつの作品として成立していたとは言えないものが多かったのです。プロ作家たちの“遊び”です。

今回は、人間とAIチャットボットの文章作成能力を比較してみようと考えての実験でした。

つづく

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