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死に逝く者 記憶の断片

ひょうひょうと吹く風が鉄塔の柱に当たってビュンビュンと唸っている。雲ひとつない晴天なのに風だけが強い。その空き地にはもうすぐ大きな家電量販店が建つ予定だった。

10年前、僕はこの空き地に大きな四駆トラックを停めて一晩を過ごした。

「よくこんな所で眠れたね」かみさんが笑った。

「ほんとだね…今考えると怖いね」10年前は義母の楓子さんも生きていた。

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10年前の記憶が蘇る。

「なんね、うちに泊まればよかばい」義母になる前の楓子さんが心配そうな顔をして言った。初めて見る楓子さんは背が小さくてコロコロと太っていた。

「泊まりなさい」

「うん、泊まって…」妻になる前の祥子が頷いた。

僕とかみさんの結婚前のことだ。

翌日、僕とかみさんは千葉県の海側にあるダム湖にブラックバス釣りをしに行く約束をしていた。

「いや、僕はビジネスホテルを予約してあるんです」嘘をついた。僕は他人の家で寝たり、ご飯を食べたりすることができない。はじめから車の中で寝る用意をしていた。

「ほんに大丈夫やろか?」

「大丈夫です。明日はお嬢さんをお借りします」

「じゃあ、気をつけて行きんさい」

楓子さんの後ろで祥子が心配そうに見ていた。

「じゃあ、失礼します」そう言うと手を振って車を走らせた。

少し車を走らせて車を停めることができる空き地を探した。きょろきょろと左右を見回しながら車を進めると高圧電線を両脇に架けた送電塔が見えた。鉄塔の下がかなり広い空き地となっている。

「ここでいいや」

僕は空き地の奥に車を停めた。空き地の奥は背の高いススキに覆われていて、ここなら道路から見えにくい。不審車と思われて警察官に尋問される可能性も低いだろうと思った。車を停めてみると、空き地と道を挟んだ反対側には1軒のコンビニが見えた。

僕は車をロックしてから歩いて空き地を抜け、道を渡ってコンビニに入った。レジに座った中年女性が僕をチラリと見て「いらっしゃい」と無愛想に言った。コンビニにしては商品数が少ないし、客は僕だけだった。弁当と2リットルのペットボトル水とチョコレートと歯磨きセットを購入した。

「ありがとうございました」

コンビニを出ると道を渡って空き地の車に戻った。

「ふう…明日は6時起きか…」明日は7時に楓子さんに「泊まっていけ」と言われた場所で祥子を拾う約束になっている。そこは大通りから祥子の自宅への入り口で、さっきは偶然にも、楓子さんが家から出てきたのだった。結婚する約束もしていないし、祥子の家族にはまだ挨拶する段階ではないと思っていたので、会わずに連れ出すつもりだった。

この半年前まで、僕は新宿区の大久保で別な女性と同棲していたが、その女性に捨てられてアパートを追い出されてしまった。アパートは女性が借りていたものだった。僕は仕方なく、神奈川県の大和市にある実家に戻った。それから数ヶ月後に僕が働いていた会社で祥子と知り合った。同棲していた女性に捨てられた僕の心の隙間を彼女が埋めてくれたのだった。

車の中でラジオを聴きながら弁当を食べた。空き地は真っ暗で、ともすれば幽霊でも出そうなところだったが、この時はそんな恐怖感はなかった。道の向こうのコンビニの灯りが精神安定に一役買った。

ススキの藪の中で小用を達してから車まで戻って歯を磨いた。車外に出てペットボトルの水で口を濯いだ。空き地に吹く風が口中に吹き込んで爽やかな香りが風に靡いた。

車のシートを倒して横になった。携帯電話の時計モードで目覚ましをセットしてから目を瞑った。疲れていたのかすぐに眠りに落ちた。この日は夢も見なかった。

翌朝、約束通りに祥子を拾って釣りに出かけた。

それから数ヶ月後に僕と祥子は結婚した。新婚時代の数年間は神奈川県で生活したが、その後、祥子の実家の近くのマンションを買った。奇しくもそこは僕が一晩を過ごしたあの空き地の近くだった。

その日、祥子を誘って、その空き地に出かけた。

「ここだよ」

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