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25歳のひとり旅

「イラスト描ける人いる?」と呼びかけたのは銅版画を制作しているMという見た目も服装も個性的な女性でした。僕はそれまでイラストなんて描いたことがありませんでした。描いていたのは漫画のようなものでした。

それは、まさしく漫画のようなもので、気に入った風景や人物写真を見ながら、それを丸ペンでガリガリと紙に描き込んでいただけのものです。幸いにもデッサン力がなかったので全く違うものになりましたけどね…。それらの風景や人物は1コマ1コマが独立していてストーリーなんてありません。感覚で描いただけのものです。だから訳のわからない言葉を雰囲気でブツブツと呟かせたのです。

そのまま手元に置いておくだけでは何だか惜しい気がしたので漫画専門誌に投稿してみたんです。ペンネームは泉鏡花の「高野聖(こうやひじり)」をそのままいただいて読み方だけ人名らしい「たかのひじり」としました。鏡花は「高野聖」しか読んだことがなかったのですがね…。

そしてたまたま選外佳作として表紙だけが雑誌に掲載されたんです。ちなみに同じ号で佳作となったのが「独身アパートどくだみ荘」で有名な福谷たかしさんでした。残念ながら福谷さんは「どくだみ荘」1作で、波乱に富んだ人生を送り、早世されてしまいました。

脱線しました。いつもこうなんです。文章を書くときはあちこちに寄り道してはいけません。

「イラスト描ける人いる?」と呼びかけられ僕は反射的に手を上げてしまったんです。いや、もしかしたら僕と仲の良い画家さんが「渡部君が描けるよ」と言ってくれたのかもしれません。このあたりの記憶は曖昧です。

「ああ、渡部さんか…イラスト描いてるんだ」
「いや、漫画しか描いたことはないですけど…」
「漫画もイラストも似たようなもんじゃん。じゃあさ、フリーライターのYさんという人に連絡して詳しく話を聞いてみて。これが電話番号ね」と番号を書いた紙切れを渡されました。

鷹美(鷹美術アトリエ村のこと。皆、そう呼んでいました)を出て、早速、目黒駅前の公衆電話から、そのYさんに電話しました。

「あの、渡部と申します。鷹美術アトリエ村のMさんからご紹介いただきました」
「あ、そうなの。渡部さんって小説の挿絵描いたことあるの?」
「いえ、漫画を描いています」
「漫画?ああ、挿絵みたいなもんだよ。ほんじゃさ、土曜日の午前10時に新宿のカトレアって喫茶店に来てくれる」
「はい、見本を持って行く必要はありますか?」
「そうだね、じゃさ、男女のからみの絵を何枚か描いて持ってきてよ」
「男女のからみ?」
「そう、男女が裸で抱き合っている絵がいいな。何枚か描いてきてね。じゃ、待ってるから」

*写真は現在の目黒駅前です。今でも月に2回、仕事の打ち合わせのために、ここに通っているのです。

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