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退院

退院すると、急に気が大きくなった。些細なことで言うことをきいてくれない妻と喧嘩しながら駅前のタクシー乗り場へ歩く。イライラしている際になかなか来ないのは精神的負担が大きい。やって来た個人タクシーに乗り込むと初老の運転手だった。乗務員プレートを見ると僕と同じ年の生まれだった。それにしても運転は乱暴である。

「渋滞しているから裏を行きますよ」と言う。ルートがわかるので「いいですよ」と返事をする。すると、坂の途中にパトカーが片側通行の邪魔をするように停まっている。「最近、ネズミ捕りしているから気をつけた方がいいですよ」と言うが、運転手はパトカーを気にして目の前をゆっくりと走るシルバーマークの車に「ったく、何をやってるんだ。馬鹿野郎」と言いながら、しかもパトカーが目の前にいるのに多少煽りだした。一番運転手に向かない性格のようだ。

その後も運転手は、シルバーマークの車を煽るように乱暴な運転をしながら、目的地近くまでやって来た。彼の気をほぐそうと「今の時間はタクシーがなかなか来ないですよね」と言うと、「運転手にも用事があるからね、トイレに行ったり、飯食いに行ったりするんだよ」とイライラしたように答える。

そんなことはわかっている。僕は軽い気持ちで駅前に列を作って客を待つタクシーが少ないのかと聞いたつもりだった。客を客とも思わない運転手の横柄な態度にがっかりする。話が噛み合わないので会話を諦める。

目的地に到着した。1060円だったか、半端な運賃だったので1100円を渡して「お釣りはいりません、ありがとうございました」と言うと、「あ、どうも」と、初めて僕たちを客と認めたような態度を見せた。車を降りる。彼の態度が僕が妻に対する態度に反映されて気持ちが悪くなった。そんなことに我慢できないほど僕自身も嫌な人間に違いない。僕たちを運んだ車が遠ざかって行くのを確認してため息をついた。

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