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文章スケッチ

カルチャースクールの講師というのは、肩書きのある専門家もいれば、僕のような絵も文章も素人同然の無名講師もいます。専門家の講座は、それなりに人気があるのですが、無名講師の講座は、新聞への挟み込みチラシによる告知が出ても全然申し込みがないのです。申し込みがなければ講座は成り立ちません。

僕は、少ない人数でも講座が成り立つようにと、いろいろとアイディアを出して、楽しみながら上達できると思う講座を考えました。

それが、トレッシングペーパーやトレース台を使って写真などを写し描きして画力を上げる「トレスト講座」や、風景を文章でスケッチして、文章描写力を上げる「文章スケッチ講座」などでした。

トレスト講座は失敗でした(笑)。高齢者が多いカルチャースクールでは理解できなかったのかもしれません。写し描きというのは、絵を描くうえで“禁忌手段”と思われているんですね。トレースは決してズルイ方法ではありません。古くから芸術家や漫画家は、表現手段として使ってきたんです。それに、トレースしても、上手に描けない人はたくさんいるんです。トレースって実は難しいんです。でもね、受講申し込みはゼロ、講座の開講は成立しませんでした(T^T)。

しかし、文章スケッチの方は、それなりにウケたのです。

文章スケッチは、風景描写に慣れてもらおうというのが目的でした。文章を書くうえで風景描写は重要だからです。

教室の黒板に大きな写真を貼り付けて「この写真を見て、文章で風景描写をしてください」と言うのですが、受講生さんたちは、鉛筆やパステルでスケッチするように、文章でスケッチするというイメージが湧かずに、最初は顔を見合わせて躊躇していました。

「難しく考えないで、青空に雲が浮かんでいる。険しい山が連なっている。その山に向かって道が続いている…というように目に見えるものを羅列していくだけでいいんです」とアドバイスすると、「ああ、そうなの…」と、おずおずと書き出しました。しばらくすると、コツがわかったようで、皆さん楽しそうに書いていました。

「その情景羅列に情報を肉付けしていくことによって情景描写が成り立つんです。こんな感じです…」と解説して、僕が作った拙い見本を挙げるのです。

「梅雨が明けたばかりの青空には雲が遠慮がちに浮かんでいる。遙か向こうには手前の低い山を従えるように甲武信ヶ岳が見える。甲武信ヶ岳は奥秩父山塊の名山で、山梨、長野、埼玉の3県にかかる標高2475メートルの山で深田久弥は日本百名山の一つとして挙げる…」という具合です。文章が上手な方は、素人講師の僕なんかより上手に書けると思います。

文章スケッチは、目に見えるものをメモしていく情報収集の手段なのです。ビジネス文章には風景描写は必要ないのですが、エッセイや小説や詩を書く際には風景描写が重要になります。

教室内で以上のような解説を終えると「では皆さん、教室の外に出て、少し歩き回ってみて、自分が気に入った場所で文章スケッチをして来て下さい。40分後に教室に戻ってきて下さい。スケッチの読み合わせをしますね」と言うと、受講生さんたちは喜んで教室の外に出て行きました。

戻ってきた受講生さんたちの文章は、決して上手とは言えませんが、楽しんで書いていたことがわかるものでした。そうです。文章スケッチは楽しいのです。

最後に受講生さんたちに、こう言いました。

「普段から目に見える情景をスケッチすることです。歩いているときに立ち止まって(通行の邪魔にならぬように気を遣いましょう)書いてみる。電車に乗っているときに車内ばかりでなく、車窓から見える風景を文章でスケッチしてみましょう」


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