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牛丼の食し方

うちのかみさんは牛丼の食べ方が下手である。
牛肉とご飯の双方をうまい具合に最後まで食べきることができない。
常に牛肉ばかり先に食うからご飯が余ってしまうのである。
仕方がないから僕の牛肉を少し分けてやることになる。
貧乏人が牛丼を上手に食べられなければ貧乏人である資格がない。
かみさんには毎回、牛丼を正しく食えと言い聞かせるのだが、どうにもこうにも、うまく食べきったことがない。
ついに我慢できなくなって手取り足取り教えてあげるのである。
「いいか、注文する際にはまずは相手の目をしっかと見てハッキリと“並、つゆだくで”と言うのだ。これは牛丼を食す貧乏人としての常識なのだ」
「つゆだくで…?」
「うむ、君がいつものようにご飯だけ残してしまった場合の対応だ」
「どういうこと?」
「ふん、つゆだくのご飯であれば、牛肉がなくても食えるだろう。白飯に醤油だけかけて食うのは、舌を拷問にかけるように惨めだが、牛丼のつゆがベッチョリと染み込んだ飯ならば、牛丼セレブの精神を僅かに垣間見ることができるのだ」
「ふーーーん」
「それは万が一の場合の対応だ。これから正しい食し方を教えてあげるわよ」
「いきなり、オカマ?」
「ウフフのフ。まあ聞きなさい。まずはこうやって牛肉の上に紅生姜をドバーッと山盛りにするのだ。紅生姜は僕の好物でやんすからね」
「よく知っております」
「うむ、んでね、紅生姜の上から…」
「七味をかけるんでしょ?」
「あらま、よくご存知で」
「それも、あんたの好物ですからね。ジャパニーズスパイシーなテイストになる」
「さすが、おしどり夫婦でやんす」
「君は辛いのが苦手だからかけなくてもよろしい」
「ありがたい」
「さて、食し方である。よくお聞きなさい」
「あいよ」
「あら、江戸っ子でぇく(大工)みたいなアンスワーでやんすね。グッドですよ」
「痛み入ります」
「うむ、まずは牛肉を片側に寄せなさい。するとほれ、つゆだくご飯が現れる」「はい」
「まずは、そのつゆだくご飯を半分だけ食べるのです」
「つゆが染み込んだご飯は美味しいです」
「半分食べるとどんぶりの底が現れるでしょ?」
「はいはい」
「はいは一度だけで結構」
「はい」
「どんぶりの底が見えた空き地に牛肉を放り込みます」
「これで、ご飯と牛肉が見えるので、わかりやすいでしょう? はい、まずは牛肉とご飯をできるだけ同分量で交互に食べるのです」
「はい、美味しいですね」
「これで半分をきれいに食すことができました」
「はい、ありがとうございます」
「あとは簡単です。ご飯の上に牛肉を載せたお寿司のような感覚で残りを食べていくのです」
「牛肉の下のご飯が見えるので簡単ですね」
「でしょ? 牛丼っていうのは牛肉が上に載っかっているから、ご飯と同じような分量で食べるのは難しいんです。牛丼の食し方には他にもいろいろあるのですが、今回は最も簡易な方法をお伝えいたしました」
「ありがとうございます。でも私は、別途、生卵と漬物を注文して牛肉ご飯にぶち込み、グチャグチャに掻き回して食うから問題ないです」
「身も蓋もないお答えでやんしたね」
「あら、牛丼に身はありますが、蓋はありませんね。昔のカツ丼や親子丼には蓋がありましたね。これはどういうことなんでしょう?」
「それは次の牛丼講座でお話ししましょう」
「ありがとうございました」

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