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旅飯のスパイス

 この週刊エッセイを公開し始めてから、この記事が四週目になる。これをもって無事、三日坊主ならぬ三週坊主を回避できたのは喜ばしい。これもひとえに有り余る暇と処方薬(処方薬は余らすな)、そしてnoteにてスキやX上でいいねをくださる読者方々のお陰である。ここに感謝の意を表したい。

 ありがたいことに今週はマシュマロにてテーマのリクエストがあったので、それに準じて記事を認めていこうと思う。そのマシュマロがこちらだ。

 リクエストのほど、そして体調へのお気遣い誠にありがたく存じる。近頃は体調と懐の事情からあまり派手な旅には行けていないのだが、せっかく頂いたリクエストなので写真も探しながらこれまでの旅を振り返っていきたいと思う。

 「旅と食」というテーマでまず思い起こされるのは、私が旅先でありついた食というのがトラブルの先にある場合が異様に多いということである。

 まず第一の「トラブル飯」は、初めての海外旅行となった中国では入国間際に天津でパスポートを落とし(幸い降りた飛行機の中ですぐに見つかった)その直後に膀胱炎を抱えながら空港内のファストフード店で頂いたのがこちらの麻婆茄子定食である。

▲中国の大手ファストフード店「真功夫」の麻婆茄子定食

 麻婆茄子は見た目ほど辛くはなく、サイドメニューの蒸し野菜や茶碗蒸し、スープもヘルシーな味付けで旅ののっけから既に心労と膀胱炎で疲弊し始めていた私には非常に優しい食事であった。

 第二の「トラブル飯」はこちら。ミャンマーはマンダレーのゲストハウスで出されたヒン定食。

▲ミャンマーの代表的なおかず「ヒン」とジャスミンライス

 2018年夏。私はコミティアに参加したその足でミャンマーへ行く計画を立てていた。今度はパスポートを無くさないようしっかり首にぶら下げて。
 マンダレーへはタイのドンムアン空港から乗り継いで行くはずだったのだが、到着した深夜のドンムアン空港にあるホテルで仮眠を取ったところ見事に寝坊。昼12時発のドンムアン〜マンダレー便に乗り遅れるという体たらくをやらかしてしまった。
 次の便は24時間後。しかし翌日にはどうしてもマンダレー郊外にあるタウンビョン村で催されている精霊祭・ナッポエに参加したい。
 そのため、すぐに同じバンコク市内にあるスワンナプーム空港からマンダレーへ向かうチケットを取り直し、空港間を結ぶ無料シャトルバスへ飛び乗った。
 幸い今度は乗り遅れることなく無事マンダレーへ到着し、空港からバスで予約したゲストハウスへ到着。しかし時刻は既に20時を過ぎ周りの飲食店はどこものれんを下ろした後だという。そんな私にゲストハウスが供してくれたのが上述の「ヒン」である。
「ヒン」とはミャンマーの代表的なローカルフードで、少量のスパイスと一緒に野菜や肉類を油と水と共に煮込んだものだ。
 この時私が頂いたのは、鶏胸肉を煮込んだヒンであった。カレーに近いが、味はカレーよりもマイルドで甘じょっぱくご飯によく合う。身から出た錆とはいえ数々のイレギュラーを越えた先にありついたこのヒンは、この旅の中で1位2位を争う美食となった。

 第三のトラブル飯は国内。奄美大島で頂いたローカルフード「ひっきゃげ」だ。

▲原料が「いも・もち・砂糖」以上!というなんともシンプルな奄美のローカルフード(たぶん)

 2019年5月。航空会社のマイルが切れそうになっているのに気付いた私は奄美大島へ行くことにした。飛行機で奄美に渡り、そこからフェリーで奄美群島を巡って沖縄本島まで行って那覇から東京へ戻る。という旅程だ。
 奄美大島は、私が到着した瞬間に梅雨入りした。途端に旅程に暗雲が立ち込める──というか既に立ち込めていた。ゲストハウスにチェックインを果たすのもそこそこ曇り空のもと向かった奄美博物館は長期閉館中……。 
 気を取り直してゲストハウスのある名瀬市内をぶらぶら散歩をしがてら土産物をひやかすなどして過ごし、迎えた奄美二日め。この日はマングローブカヌーの予約をしていたのだが朝から大雨に見舞われた。
 しかし拠点としていた名瀬でバスの1日乗り放題券を求めマングローブカヌーの催行される住用町まで赴き、大雨の中熱帯雨林をカヌーで冒険。雨で少々肌寒くはあったがアクティビティ自体は大満足であった。
 問題が発生したのは帰りのバスだ。朝方購入したバスの乗り放題券を紛失した。その後、所持品のどこからも発見されなかったのでどこかで落としたのだろう。バスは普通に運賃を支払って降りた。中距離移動で数千円のロス。それ以前に「またやらかしたか!」という己の不甲斐なさにとぼとぼと肩を落としゲストハウスへ戻ってきた。その道程、地元のスーパーで出会ったのがこの「ひっきゃげ」である。

 マシュマロでも言及して頂いている通り、私が旅先において努めて立ち寄るようにしている場所の一つが地元のスーパーだ。そこにはこの「ひっきゃげ」のような地元ならではの商品との出会いが待っている。(中国やミャンマーを旅した際も、土産物の一部は地元のスーパーで求めた)
 ほかに旅先で意識していることがあるとすれば、その土地の民族資料館や博物館に立ち寄ることだろうか。離島や山村など、ローカルであればあるほど興味深い。それらの施設では自分の知っているようで知らなかった文化や歴史に深く触れることができ、それらが創作に活かされたことも一度や二度ではない。(いや、そんなことよりももっと私は時間や所持品の管理を意識して徹底すべきことは重々承知なのだが……)

 閑話休題。私はこの日の昼食を「ひっきゃげ」とゲストハウスで聞いた評判のパン屋で求めたサンドイッチとすることとし、大雨でそぼ濡れた衣服を着替えるのもそこそこ、共有スペースで無料のコーヒーと共に頂いた。
「ひっきゃげ」は簡単にいうとサツマイモ味の餅で、なるほど原料が「いも、もち、砂糖」のみというだけあって素朴な味わいである。好きな味だ。雨で冷えた体に温かいコーヒーと甘いひっきゃげの組み合わせは非常に染みた。

 ちなみに沖縄には「ンムクジプットゥルー」という外見がこの「ひっきゃげ」によく似た料理があり、こちらは芋くず(サツマイモの澱粉)を水で溶き、練るように炒めたものだそうだ。黒糖を入れておやつとして食べられるほか、ニラを入れておかずとしても食べられているという。こちらも沖縄本島滞在中に頂いたが、なるほど食感もひっきゃげによく似ていた。(私が頂いたのはニラ入りのおかずの方であったが)

 旅先ではほかにも多くの美味いものにありついているはずなのだが、「その土地の思い出やできごとと結びつけて」となるとどうしても我がやらかしと食の結びつきが多くなってしまう。なんなら上記はキャッチーなだけの一部で、やらかしと食の話となると枚挙に遑がない。(西安から成都へ向かう夜行列車の出発時刻が迫る中おおわらわで食べた餃子のフルコースや、新婚旅行の宿泊先チェックインで必要なPCR検査を忘れて現地で急遽行ったあとの結果を今か今かと待ちながら食べたまぐろ丼など)

 ちなみに昨年の11月、全ての手配を夫に任せて箱根を旅行したが、トラブルらしいトラブルは私の靴の底がずる剥けになったことくらいであった。些事ではある(コンビニで瞬間接着剤を求め対処した)が、やはりトラブルの起因は常に私だ。

 しかし、これは私が文筆を行う者ゆえかも知れぬが、こうして無事にこれらの思い出を振り返った時に私の「やらかし」は旅飯の刺激的なスパイスとなっていることを思い知らされる。
 いやどう考えても何事もなく旅程を終えられることが一番なのだが、日常からして私のやらかしの数はいちいち落ち込んでいたらキリがないレベルだ。いわんや旅先をや。非日常の中にあってやらかしの数・質ともに跳ね上がっても不思議はない。よって、ある程度の見逃しや開き直りは旅を楽しむにあたり必要なことなのである。(さっそく開き直らせて頂いた)

 さて、ここにANAのマイルが62300ほどある。かねてよりインドはナーランダ僧院に行きたいと思ってコツコツ貯めてきたものだ。
 ほかにも行きたい場所は山ほどある。ケルト音楽のルーツを学びにアイルランドやスコットランドを巡る旅もしてみたいし、砂漠やマグマも一生の内に一度は見ておきたい。次はどこでどんなスパイスの効いた旅飯にありつけるのか。楽しみやら怖いやらだ。

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