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#33 剣豪の孫娘(ショートショート④)

剣を愛する少女がいました。
少女の祖父は、少女の誕生を心から喜び、少女に愛を注ぎました。
少女もまた、祖父に愛を返すことを喜びとしました。

祖父は名の知れた剣豪でしたが、剣豪が重宝された時代は過去のこと。
ですから祖父は、剣を愛した自分を封印しながら生きていました。

けれど、祖父を愛する少女には、祖父がまだ剣を愛していることが分かりました。
小さな心でも、まっすぐに、愛する人の心を覗けば、そこに何が映っているかは分かるのです。
祖父もまた、少女が、祖父自身の中に消えずに灯る、剣への想いに気づいていることを知っていました。

祖父と少女は、時折、剣を交えました。
真剣ではなく木刀でしたが、少女は、祖父と過ごす稽古の時間が大好きでした。
静寂の中、祖父と向き合い剣を構える一瞬に見せる眼差しは、いつもの柔らかいものでしたが、少女が木刀を振りかぶった瞬間に、ほんの一瞬に見せる目の輝きは、少女の小さな胸をゾクゾクとさせました。
鋭く尖った眼光は、祖父の中に、少女の知らない誰かが潜んでいることを知らせました。
ゾクゾクとする胸は、時折、少女に粗相をさせました。
じわりと股を伝っていく熱を、少女はそのまま流しました。
恥ずかしいというよりも、嬉しかったのです。
ゾクゾクとする胸の中には、本物の祖父に出逢えたという喜びが渦巻いていたのです。
少女は、剣を愛することで、本物の祖父に出逢える瞬間を愛していたのです。

祖父が他界した秋、少女は、祖父の愛した真剣を譲りうけました。
「危ない」と、真剣から遠ざけようとする父と母を振り切って、少女は、祖父の葬式が終わった日の晩だけ、真剣に寄り添うようにして眠りました。
眠っている間にさやが外れてしまわないようにと、布でグルグル巻きにされて不格好になった剣でしたのに、祖父の真剣から、ドクドクと熱い鼓動のようなものが流れてくるのを、少女は感じていました。

その日を境に、少女は「いつか、この剣で誰かと戦ってみたい」と思うようになりました。

けれど、少女を溺愛する父や母は、戦いで命を落とすようなことがあってはならぬと、少女に、その夢を持つことを諦めるよう助言しました。
時には書物を読ませ、時には歌を詠ませ、少女の熱が冷めていくように計らいました。
けれど、少女の真剣への憧れは日を追うごとに高まり、寝ても覚めても、光り輝く剣を持ち、同じように熱い瞳でこちらを見据えてくる誰かと対峙する場面ばかりを、思い描いていました。

少女は何でもよかったのです。
自分と同じように、もしくはさらに高い温度で、大切なものを愛する時間を積み重ねてきた人間と対峙する瞬間が持てるのであれば、何でも。
それが少女には、剣だった、ということだけなのです。

少女は、日々剣を振りました。
誰に促されることもなく、誰に褒められることもない鍛錬でしたが、少女は、日々剣を振ったのです。

そんな少女の剣への想いに触れ、剣の扱い方を指南してくれる人が、ひとり、またひとりと現れ、少女は師から剣を学ぶうちに、ある日、真剣で勝負できる場に駆り出されることになったのです。

それは、長く少女が夢見てきた世界。
けれど、待ちわびた瞬間を前にして、少女の中に芽生えたものは、初めて感じる怖さでした。
命が惜しい訳でもなく、剣で体を割かれるのが怖いのでもありません。
祖父のあの目。
ゾクゾクと脳天から足先までを駆け抜ける、冷ややかな眼差しを前に「重ねてきた鍛錬の全てをさらけ出すことができるだろうか」と自身を疑う弱さが怖かったのです。

けれど、その弱さの中に、少女は新たな夢を見たのです。
これまでは、真剣で戦うその一瞬を夢見てきた少女が、その戦いを前に見た新たな夢は、真剣で戦い続けることのできる自分の姿だったのです。

これで終わりにしたくない。
この世界の中で生き続けたい。

けれど、真剣での勝負は、文字通り真剣勝負なのです。
一瞬の隙も、迷いも、過度な感情の高ぶりさえも、身を亡ぼす要因になります。

少女は、深呼吸をしました。
弱さが鎮まっていくように。
戦いの瞬間を喜ぶ心が、あまりにも高ぶってしまわないように。

静かに。
馴染んだ呼吸のリズムを手繰り寄せるように。
力みを捨て。
驕りや慢心を捨て。
自分をも捨て。
そして、自分自身を生ききる。

少女は深く呼吸を繰り返して静寂を胸の中に納めると、いつかの祖父と同じような眼差しで眼前に立つ相手を見据え、喜びの身震いとともに、細く微笑んだのでした。

前作からのもらいワード……「鋭く」

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