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#42 キミハ、キイテイナカッタノネ……

明日から公開されるディズニー映画『LION KING』にちなんで、わたしが幼稚園教諭時代に、お遊戯会で『ライオンキング』をやった時のお話を。

幼稚園にはいくつかの行事がある。
遠足に、夕涼み会、お泊り保育に、運動会。それから、お遊戯会に、音楽会など。
他にも、細かいものがいくつもあり、行事に追われるようにして一年が猛スピードで過ぎてゆく。

学年単位で動く行事が多い中、お遊戯会だけは、クラス単位で進めていけることが楽で、わたしは大好きだった。
物語の選択から、音楽、衣装、構成、全て自分だけで決められる。

その年、わたしは年長クラス、翌年1年生になる子どもたちのクラス担任をしていたので、多少、複雑な踊りを作っても大丈夫だと思っていたから、題材に『ライオンキング』を選んだ。

「え、そんなのできるの? 無理じゃない? 誰もやったことないし、音源もないのに」
先輩の懸念の声に、
「できますよ。音源は、わたしが作ればいいので」
と、ポーカーフェイスで答えながら、なんでやる前から「無理」とか言うんだろ……と思っていた。

その園では、数十枚ある物語CDから題材を選ぶのが主流で、わたしのようなパターンは異例だったらしく、「できますよ」と言い切ったわたしを、先輩は、静かに、でも、どこか不信感を含めたような眼差しで見つめていたけれど、わたしは本当にできると思っていたし、それはイコール、クラスの子を信じている、ということでもあった。

とはいえ、題材の押しつけはしたくなかったので、数か月前より、クラスに数冊のライオンキングの絵本を置き、時折読み聞かせをし、お昼時にはCDを流し、こどもたちが、物語に親しみを持てるようにしていった。

だから、題材決めの日に、
「まつ組さんは『○○〇』をやるらしくて、ゆり組さんは『〇〇〇』で、うちのクラスは、『かもとりごんべい』か『さるかに合戦』か『ライオンキング』をやろうと思ってるんだけど……みんなはどれがやりたい?」
と問うたとき、クラス全員一致で『ライオンキング』に決まり、わたしは胸中でにんまりと笑ったものだった。

構想、衣装はわたしが進めていけるが、配役は子どもたちと決めるもの。
『ライオンキング』で言えば、主役にあたるシンバ(オスライオン)や、シンバの友だちのナラ(メスライオン)や、シンバの父親のムファサに人気は集中するだろうという想像はあたり、配役決めのジャンケンが数回行われる。

男の子は意外にあっさりしていて、負けたら「じゃ別のでいいや」みたいな軽い反応なのだけど、女の子の方は、負けたあとに泣き落としにかかる子も出てくる。

「どうしてもナラがいい……」
と、しゃくりあげる子を前に、
「先生、わたし、ラフィキ(マントヒヒ)でもいいよ」
と、ナラ役に決まっていた子の、鶴の一声。

「ありがとう、優しいのね。ラフィキは、物語の中でも、ほんとうに大切な役。しかも、出番はトップバッター。あなたひとりにライトを当てるところから舞台が始まるから、がんばってね。衣装も可愛くするからね」
と頭をなでると、その子は、本当に嬉しそうに笑ってくれた。

役を譲ってくれた子の優しさも個性であれば、どうしてもやりたい役を、自分の頭を動かして手に入れていく貪欲さも、また個性で、配役決めは、子どもたちの各々の姿が浮き彫りになって、おもしろい時間だった。

この一件以外はスムーズに配役が決まり、一安心したところで、Y君がわたしの元へ歩いてきた。

「先生? スカーってなに?」
「へ?」
「スカーって、どんな役?」
「……」

全員決まったところで、まさかの、自分の役がどんな役かもわからないまま、「やりたいひと~」という声に手をあげていた(であろう)Y君の出現に、思考がフリーズする。

配役決めの日までに、絵本の読み聞かせを何度もしてきたし、配役決めの際も、どんな役か、どのような出番があるか、など説明したのに、キミハ、キイテイナカッタノネ……。

わたしは、その子を隣に座らせ、個別で絵本を読み聞かせた。
スカーとは、ムファサとシンバに敵対するオスライオン。いわば、悪役だ。
だから、物語を把握した(であろう)彼が、悪役は嫌だと言えば、また配役決めを再開せねばならない。

「どう? Y君がスカーじゃないのがいいなら、もう一回決めなおしてもいいよ」
内心ドキドキしながら問えば、
「ぼく、スカーやるよ」
と、Y君。わたしは胸をなでおろし、
「スカーは、戦いのシーンが多いから、がんばってね、衣装も、カッコよくするからね」
と伝えれば、Y君は「戦い?」とキラキラした表情で頷いてくれた。単純で、純粋で、切り替えの早いY君に、愛しさがこみ上げた一瞬だった。

幼稚園は、園児数400人越えの大きな園。ゆえに、観客も多い。
そのため、お遊戯会は2日間に分けて行うので、グループも2つ。
構成やダンス、立ち位置、台詞を、2回ずつ指導してゆくのだが、覚えのいい子が、別日の子の指導役になってくれたり、忘れてしまった台詞を教えてくれたりするので頼もしく、踊りも、シーンごとに、子どもたちと組み上げてゆき、完成度が上がってゆく様子に、こちらも嬉しくなった。
しかも、好きな『Circle of life』や『Can you feel the love tonight』を、クラス内で大音量で流せるなんて、連日、テンションが上がりっぱなしで、わたしはこどもたちと一緒に踊りまくりながら、お遊戯会当日をむかえた。

舞台は両日とも、噓いつわりなく、最高の発表だった。
ホールを埋め尽くす観客の中でも物おじせず(した子もいたと思うけど)、顔を赤くしながらも、声を震わせながらも、ひとりひとりが自分の台詞を言い、大きな動きで身体を動かし、表現を楽しんでいる様子に、鳥肌がたった。

フィナーレで、皆が舞台に並んだ時の、キラキラとした自信に満ちた顔。
会場からあがった「ブラボー」という声に、顔を見合わせて笑っていた子どもたちの姿を、今もまだ覚えている。

彼らは今、25歳。
クラスの誰かは、明日から公開される映画『LION KING』を観に行くだろうか。
スクリーンから流れる、『Circle of life』に懐かしさを覚えるだろうか。

そんな想像を巡らせながら、わたしは、当時は命のカケラもなかった娘と映画を堪能してこよう。
楽しみだ。

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