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不幸オーラを撒き散らしていたオノさんと、メンタル強い系同僚が絡んだ瞬間のお話。

以前勤めていた会社に、ある日オノさん(仮名)という人が入ってきた。当時の私の年齢は20代後半で、部署の同僚達もだいたいそれくらい。オノさんは40前後だっただろう。私たちより少し年上で、それなりに社会経験がある人だった。

真っ黒い短髪に中肉中背、スーツを着こなす普通のサラリーマンと言った感じで、入社直後は柔らかな笑顔を絶やさず、「DAN DAN 心魅かれてく」のFIELD OF VIEWのボーカルみたいな爽やかな雰囲気があった(『 FIELD OF VIEW Ⅱ』は名盤で何度も聞いたなあ)。私たちの会社に来る前は、東京で法人営業や塾の責任者をしていて、最近地元のこちらに戻ってきたということであった。「僕は歴史上の人物では義経が好きなんですよ。頼朝に許しを乞う手紙『腰越状』を読むとかわいそうでグッときます」と熱く語る姿は善人そのもの、そんな印象であった。

そのオノさんは途中で契約社員から正社員に登用され、私たちを管理するメンバーの一人になった。出世と言えば出世だが、人事権もないし、私たちは管理よりその仕事(講師)をしたくてそこにいる人がほとんどだったし、短時間高い時給で講義をしてあとは帰るだけ、空き時間に副業も出来る私たちに対し、管理の仕事は時給にするとずっと下がるし、雑務のほか集客や苦情処理などで大変そうだったので、みんな「へー、わざわざ大変なほうにいったなあ」という反応であった。

管理職になったオノさんは私のいるところとは別のチームを担当し、ほとんど仕事上の接点がなかったのだが、見るからにどんどん不健康そうになっていった。FIELD OF VIEWのボーカルのような爽やかな笑顔は消え去って常に眉間に皺を寄せるようになり、普通だった顔色はどんどんドス黒くなっていった。肝臓か腎臓をやってるんじゃないかと本気で心配するレベルだ。のんびりした企業なので、激務とか重責を担ってるということはないはずなんだけど。そして、義経が好きだと語ったあの少年のような純粋な瞳はどこへやら、常にピリピリして、私たち講師を見張っては「私語をするな」「コピーをしすぎ」など、実にどうでもいい注意をして回るようになった。私語のある職場だったけど普通に仕事は回っていたし、仕事に役立つ話をすることもたくさんあったし、そもそもオノさんと私たちの正式な上長である主任も所長もいつも近くにいるけど、私語をするなとかコピーをとるななんて一度も言われたことない。むしろ時々雑談に参加してきて一緒に笑ってる。ただ新参者のオノさんが、自分の価値観で謎の義務感を発揮し、部署全体を管理したがるようになったのだ。

揉め事の少ない仲の良い職場だったが、「オノさん苦手」という言葉が、仕事で関わる人たちを中心に聞こえるようになった。私も一度講義を見てもらったら(勉強のためにお互いに講義を見せ合うことはよくあった)、些末なところを30分くらい詰められ好みを押し付けられてしまい、すっかり参ってしまった。誰に対しても物腰の柔らかいK君もS君もUさんも、みな「オノさんはね…」と言葉を濁し、時に愚痴を言った。話によるとオノさんは誰も見ていないところでひとりでブツブツとネガティブなことを呟いていることもあったそうで、傍から見ても何かメンタル的にやばい感じであったし、はるかに勤続経験も立場も上の本社の人に対して自分勝手な説教をしたとかもあったらしく、いつもどこそこで不幸オーラを振りまいていて、評判はすこぶる悪かった。

さてこの職場には、私のブログに何度か登場しているメンタル強い系友人(男)も働いていた。この人は強い。もうなんというか強い。見た目も元ラガーマンということでごつくて身長もあって強そうだけれど、精神的にも生物的にも強い。誰しもが畏怖の心を持っている40代の敏腕所長もなぜか彼には遜るし、問題児で色んなところでいろんな人とバトってたIさんも彼の間では敵前逃亡していた(いつか機会があったら書くかも)。このメンタルの強い男はいつも笑みを絶やさず、人が変に怒ったり取り乱したりしてるのを見て面白がり、でも誰かを傷つけることは決してなく、怒ることもなく穏やかで、仕事はろくにしないのになぜかみんなに精神的に頼りにされていて、いつも人に囲まれていた。

ある日、このメンタル強い系同僚のデスクの周りに同僚達が集まって何やら盛り上がっていた。何か、パソコンでファイルを変換したら変なことが起こったらしい。わらわらと近くの席の男性同僚達が集まり、彼のパソコンのディスプレイを見てクスクス笑っていた。私は遠くの席でそれを見て、何を盛り上がってるのかなー楽しそうだなー後で聞いてみよう、なんて思いながら仕事をしていた。

そこに目ざとくオノさんが現れた。わざわざはるか遠くの管理者デスクから、腎臓の悪そうなドス黒い顔をさらに黒くし、ものすごい形相で。ここはオノさんのチームじゃないのに。みんなの笑顔の中に、禍々しいオーラを振りまきながらズカズカとすごいスピードで現れると「仕事をしてください!席に戻って!」と低い嫌なトーンの声で言い放った。みんなはその姿を見るや否や、関わりたくないとばかりに返事もなく散り、席に戻っていった。何年も勤めてよく知っている、ほのぼのとした職場の中でのオノさんのその行動と雰囲気は相変わらずいかにも浮いていて、やなもん見たなーと思ったし、周りにいたみんなもその様子を見ていて、フロアは静まり返り、なんとなく暗い雰囲気になってしまった。

帰り道。メンタル強い系同僚と一緒だったので、この話を振ってみた。「今日は災難だったね。オノさんのあれ。せっかくみんないい雰囲気だったのに、やな雰囲気になっちゃって」

彼は「ん?何が?」と、ピンときていないようだった。

「あのあれだよ。ほら。なんかみんなで盛り上がってたところにオノさん来て話が終わってたじゃん。仕事中とは言え、多少の雑談くらいいいじゃんねえ」

「そんなんあったっけ?」

「ほら、なんかファイルを変換したら変になったとかで」

「あーーー、あれかあ。文書ファイルをPDFに変換して保存したら、曲線のグラフが乳首みたいになったんだよね。乳首wwwwプププwwwつかあのときオノさんいたっけ?いなかったと思うけど。てか、チクビwww」



えええ…


相手が小物過ぎて視界に入ってさえないよ……。

注意された張本人なのに……。


「オノさんに絡まれた嫌な思い出」ではなく、「グラフがチクビになった笑える思い出」でしかないんだ、この人の中では…。


そういや確かに、注意されたとき周りの人は散ったけど、この人はまだパソコン見て笑ってたっけ…。


世の中には、「よく嫌な人に絡まれて嫌な思いをする人」とそうでない人がいるような気がする(私は明らかに前者だった)のだが、彼を見て、そういう目に遭わない強い人はそもそも、次元の低い人のことは視野にも耳にも入れないんだと思い知った。フォーカスしてるところが違うから、存在を認識しない。だから主観的にはそういう目に遭わないし、そんな思い出もない。似たもの同士が引き合うという引き寄せの法則も、こういうことなんだろう。そういえば、この人からオノさんの話自体一度も聞いたことないな。とすると、「オノさんが注意して会社が暗い雰囲気になった」「会社にオノさんという嫌な人がいる」も事実でなく、単なる私の思い込みなのか…?

さてその後のオノさんは、仕事の成績も芳しくなかったようで、せっかく正社員になったのに上席に促されて一年も経たずに退職してしまった。離職率の低い会社にもかかわらず。数年後、ある日私はどうしても夜中にレポートを書く必要があり、いつもは行かないある安くて雰囲気の暗いファストフードの店舗に行ったのたが、そこで偶然オノさんを見かけた。顔色の悪さは残念ながら回復しておらず、相変わらず不機嫌そうだった。いつもあんな夜中にあの店舗で、ハンバーガーで食事をとっているのかなあ。オノさんはきっともともとは悪い人ではなかったけれど、遠方での仕事で精神的に参って地元に戻り療養し、仕事を始めたけどまたぶり返したというところだろうと推測してる。義経について語っていた笑顔のオノさんは、いつか戻ってくるのだろうか。


それにしても、この経験を経て。身の回りになんか嫌なやつがいるとか、変なやつに絡まれるとか、嫌なことが怒るとか、そういうことがあるとしたら、自分のレベルが低いからなんだなと、思うようになった。

むかつくそいつらと戦って勝つとか、負けて見せて逃げるとかよりも。そもそも悪意のある相手の存在に気づかない。認識しない。関わらない。そちらのほうが「強い」ことなのだ。

私も嫌なものと関わることもないくらい、もっともっと高レベルの人間になって、チクビがどうとか、日々くだらないことを思い出して笑える人間であろうと、つくづくと思うのであった。


※後日談。この話をブログに書いたよーとメンタル強い友人本人に話した。「あのチクビのやつねwwでも、事実誤認がある。あの時オノさんはいなかったよ。思い出してみたけどいない。それにしても、チクビww」とのことだった。


まだチクビで笑ってんのかい。


そして、ちゃんといたから。あなたに向かって話しかけてたから。あなたの中では永久「いない人」のままなんだね…。



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