アメリカ保育園カルチャーショック

こんにちは、kumiです。

本日は子供らが通っている保育園で起きた出来事について。

保育園に子供を通わせているママ友がまだいないので、これがアメリカ文化によるものなのか、はたまたアメリカンスタンダードから逸脱した先生個人に寄るものなのかは判断がつかないんですが。

まぁ他の方のブログを読んだ感じ、アメリカ文化なのかなーと感じておりますが、ちょっとしたカルチャーショックをご紹介。というか愚痴。笑


さて、2021年の4月から保育園に通い出した息子当時3歳。かれこれ9ヶ月目に突入しています。間に誕生日を迎えたので、現在4歳です。

英語はいっさい喋れない、日本語が話せる先生皆無(う○ち・お○○こは言える)、そんな中に放り込まれた息子、毎朝家と保育園前で号泣、半日登園1ヶ月、徐々に伸ばして2ヶ月くらい経ってからようやく楽しそうに通うようになりました。

最近は英語で何を言っているのかは大体なんとなくわかるようになり、クラスでも仲良い友達も出来た息子。


楽しい保育園ライフを送っている息子ですが、10月に入ってから、レターを持ってかえってくるようになりました。

このレターというのは、子供がいけないことをした時にもらう先生からの報告書です。何をしてしまって、先生がどのようにいけないことだと伝えたのかが書かれています(どんな項目があるかは保育園によると思います)。

娘は2回、友達を噛んでしまってレターをもらいました(娘はWait List入りだったので、4ヶ月待って8月から入園でき、現在登園5ヶ月目です。ちなみに2歳)。

それまで息子は一度もレターを持って帰ってきたことがなく、もともと対外的には優しく聞き分けがよい方です。内弁慶ですね。家族以外でも調子に乗っても大丈夫だと判断された人間には見事にお調子者度があがりますが。むしろ手に負えないと思われてそうなぐらい調子に乗りますが。

ところが、10月に入り、2度レターをもらってきました。

一つ目は、クラスの子と遊んでいる時に植木鉢を倒し、先生に報告することなくクラスの子と共に棚?(Shelves)の中に土を隠そうとした、とのこと。

二つ目は、先生がクラス全員に集まって、と声をかけているのに無視し、怒られても反省せず笑っていた、とのこと。


1つ目のレターをもらってきた時、私が思ったのは「男の子らしく悪ガキになってきたな」程度でした。もちろんやってはいけないことなので、自宅でしっかり息子と話しましたが、まだ4歳児ですし、友達がやり始めて楽しくなっちゃって便乗したのかな?と思いました。友達が楽しくふざけてるのを目の当たりにして、ちゃんといけないことだからと先生に1人報告しに行く、もしくは友達を止めるなんて4歳児にはまだ出来ないだろう、と。それが出来るようになるのは小学校半ばくらいかな、と思います。特に男の子ですし。

「隠す」つもりでやったのかわからないなーとは思いましたが、先日おねしょして(まだ夜はおむつなのですがもれた)、私に伝えずに濡れたズボンを洗濯機に入れたので、もう「怒られないように隠す」ということを実行していました。

うん、知恵ついてきました。

もちろん、やってしまったことをごめんなさいせずに隠す方がよっぽどよろしくないと伝えました。「隠す」という言葉を理解していなかったので、認識はしていなかったようですが。


そして、二つ目の件。

これは、旦那がお迎えに行って対応したので又聞きになるんですが、実際に先生がレターに記載した内容は事実。ただ、その日はCrazy Wig Dayなる催しがあり、虎柄のカチューシャをして登園した息子。そのカチューシャが置いておいたはずの場所になかったので、必死に探していたのだそう。そっちに集中して先生ガン無視してしまった様子。先生にカチューシャがないと伝えたが、先生は「知らない (I don’t know)」と一言で終わったと息子に聞きました。

え、先生、「知らない」で終わりなの??

日本の保育園の先生なら、その時は集まらなければならなかったのなら、その場は子供に集まるよう促し、「後で一緒に探そうね」的な対応をしてくれると思ったんですけど、これは私の日本美化による妄想ですか?そんなことないですよね??

もちろん、集まらなきゃいけないのに無視して自分がやりたいことを優先してしまう、というのはよくない。どうしてもその時他のことをしなければいけないなら、それを伝えなきゃいけない(トイレ行きたいとか)。その点はもちろん旦那が息子にお話はしたようです。

(あ、ちなみに怒られたのに笑ってたのは、怒られた時の英語を理解できなくて笑っていた模様。こればっかりは…。言葉が分からなくても先生が纏う空気を読め!とは言えませんので、私からはうまく伝えられないと思いました。ただ旦那自身(アメリカ生まれアメリカ育ちだけど生粋日本人家庭)は同じ境遇で経験があったそうなので、その点もお話をしたそうです。こちらは旦那にお任せ。)


息子にも非があるが、しかしながら先生、冷たくない??と思ってしまったのです。なにか他に言いようがあるんじゃ?と。ただ、息子はある程度の英語は理解するようにはなりましたが、それでも100%ではまだないわけで。片方の話だけでは判断がつかないため、先生の話を聞くことに。次のお迎え担当も旦那だったので(私が毎朝送り担当ですが、朝は先生達忙しすぎて話す暇がない)、旦那が先生と話してきました。

先生曰く、息子がカチューシャを探していたのは知っていた。ただ、カチューシャはもう自分のロッカーにしまうよう指示されていたにも関わらず、ずっと教室のどこかしらに放置していたのは息子だったとのこと。

一応旦那からは、まだ英語が完璧ではないのでしっかり怒られた時に理解できずにいることがある点、またそのために怒られているのに笑ってしまったらしいことなどはお伝えしたそうです。

しまわなきゃいけないのに、しまっていなかった、という前提があったとは。そしてその上でカチューシャがなくなってしまった。


なるほど、この前提を考えると、息子にもしっかり非があることがわかります。

なのですが。

日本であれば、しまわなければいけないのにしまわなかった+集まらなければならないのに先生ガン無視したという案件と、カチューシャがなくなってしまったという案件、別扱いになると思うんです。

カチューシャがなくなった案件に関しては、一緒に探すなり、子供が無くしてしまったことに関する心のケアというか、残念だったね的な、何かしらの対応があるモノでは?と感じてしまいました。

しかしその保育園の先生は、しまわなければいけなかったのに、しまわなかった、という点からの派生結果としてカチューシャを無くしたことを捉えているようで、はっきりとは言いませんが「自業自得でしょ」感をすごく感じました。いや、確かにそうなんだですけど。


これ、すごくアメリカ的な考え方だと思います。日常でも感じるんです。

車上荒らしにあった→見えるところにバッグとか置いてる方が悪い

置き引きにあった→荷物置いて離れた方が悪い

しまわなきゃいけないのに置いておいてカチューシャ紛失した→しまっていない方が悪い、的な方程式。


理屈はわかります。でも先生、無くなってしまって必死に探すくらいの子供に対して何もなし?息子の母親としては、この対応にはすんごいモヤモヤしてしまいました(笑)。この感覚を旦那に伝えましたが、アメリカの先生は一緒に探してあげるとか、他の子に持っていないか声をかけてあげるといったことはしないんじゃないかなぁ、と。

あぁそうですか。。。やっぱりそれが普通なんですか。

悪いことをした方を正当化するわけではないですが、その機会を与えてしまった方にも非がある、というのがアメリカ的な考え方なようで、これは前々から感じてはいましたし、それがアメリカだとは思ってはいましたが、いざ実際にそうゆう考えに基づく出来事が、自分ではなく息子に起こると、カルチャーショックを感じました。

確かにその考え方も理解は出来ますが、気に入って嬉しそうにして持っていったカチューシャ、自分がしまわなかったからとはいえ、なくしてしまって先生を無視するほど必死に探していたらしい息子。

その悲しさに寄り添ってくれる心遣いというか、ケアをしてくれない先生(もといアメリカ文化)にはかなり残念な気持ちになりました。


とあるYouTuberの方が、アメリカで育ったことを「弱肉強食の中で育った」と表現しておりましたが(笑)、まさにそんな感じなんだろうなぁ、と実感してしまった出来事でした。

これも子供を1人の個人として扱う、ということに通じるのでしょうか。保育園でそうゆうケアをいちいちしないのであれば、その分親が子供の気持ちに寄り添ってあげることの重要性も認識しました。

日本式とアメリカ式、どちらがいい悪いという話ではないですが、うまくいいとこ取りをして行きたいと思います。



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