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ナレーションを極める10 ひと声で場を作る

ナレーターの熊崎友香です。15年以上前のことです。どうしても忘れられない、ナレーション収録に立ち合わせていただいたことがあります。

当時私は、NHKの千葉局で(千葉出身)リポーターとして働いていました。戦時中の女性の日記を集めている方を取材し、その日記の持ち主(またはご家族)を訪ねて歩くという、40分のラジオドキュメンタリー番組を制作していました。(ありがたいことに文化庁芸術祭 応募作品となった。それもあるナレーターさんのおかげ)

何ヶ月も前から収集されている方の家に通い詰め、日記を拝見し、何冊かに絞り、その持ち主を探して、全国取材に伺う。。長い長い制作の最後に、「さて、ナレーションは、誰に頼もうか」という話になり、NHKスペシャルなども担当されていた、NHK出身の大ベテランの女性ナレーターさん(お年は60を過ぎていらっしゃったと思います)にお願いしました。

収録当日、原稿はギリギリで、朝方FAX(懐かしい)でなんとかお送りするという状態。にもかかわらず、スタジオに入るやいなや、全てを理解され、コメントなおしに参加される姿は、「プロデューサーが二人いる?」と錯覚するほど。芯をつく質問も飛んできて、タジタジになりました。

こちらは、何度もなおしたコメントで、原稿が真っ黒になり、途中、ついていけなくなってしまう始末。しかし、そのナレーターさんは、コメントなおしが終わったと同時に「では収録しましょう」とスタスタとブースに入って行き、全く下読みもせず、収録を始めたのです。

しかも、番組のタイトルコールを読んだだけで、たった一声で、番組のクオリティが2ランクぐらい上がるような、その場の空気が一瞬にして変わったのです!

そして、収録の早いこと!コメントなおしの時間8割、収録2割と言ったところでしょうか。ほとんどノーミスで、あっという間に終わりました。

「あんな風になりたい」

漠然とナレーターになりたいとは思っていましたが、年を重ねて、ますます経験や人間味が奥深さとなるような、一声でその場の空気が変わるような、そんなナレーターになりたいと、その時、強く思ったのでした。

今振り返っても貴重な経験でした。ディレクターとして、番組を作り、ナレーターを選び、お招きして読んでいただくという、一連の作業を体験できたのです。この時のことを思い出し、自分が嬉しかったこと、ありがたかったことを考えると、

まず、番組の内容や歴史を(取材者の私よりも!)理解してくださっている知識と経験。一声発しただけで、その世界観を作り上げてくださる技術。そして、自分が想像していたナレーター(単に読む)という枠を超えて?番組制作に関わっているスタジオワーク。

この3点に特に感動しました。

正直、連日の徹夜で、頭も体も心もボロボロ、そんな時に救世主現る!強力な助っ人登場!という感じで、頼りにさせて戴きました。この方に任せておけば間違いない。そんな安心感もありました。

自分はあのナレーターさんに近づけているだろうか。60になった時、あんな風になれるだろうか。時々、数十年先の自分を想像しながら、これからも、一つ一つの原稿に真摯に向き合い、経験を重ねて引き出しを増やし、技術を磨いていきたいと思っています。


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