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怪レい伝説??

さてさて、今回はエイブラムスにまつわる逸話やエピソードについてです。Twitterで何度か話した内容ではありますが、改めて少々疑問を呈したいなと。

ネット上の某大百科やWikipedia(特に日本語)に書かれている事が全て事実ではないというコトは常識かと思いますが、それでも多くの人が知識を求めて閲覧するwebサイトであるという事に変わりはありません。実際にWikipediaでM1 エイブラムスのページを閲覧していると、違和感を感じる記述や「真偽不明」のエピソードなどが書かれているワケです。

その「怪しげなエピソード」とやらは湾岸戦争において泥沼にはまりながらも複数のT-72と交戦し、それを撃退したM1A1にまつわるもの。


“(中略) この戦闘の後にやって来た回収部隊は、2両のM88装甲回収車で引きあげようとしたが、引き上げられなかったため、最新戦車が敵に鹵獲されないよう、別のM1A1による破壊が命令された。2発の120mm砲弾が発射されたが、これは、一番頑丈な砲塔正面に命中したため、跳ね返されてしまった。3度目は装甲が比較的薄い後部を攻撃し貫通、砲塔内の弾薬庫を誘爆させることに成功したが、設計どおりに砲塔上面のブローオフパネルが吹き飛んで爆炎は車外に放出され、同時に自動消火システムが作動したため、乗員区画の破壊にも失敗した。
破壊は断念され、この車両は3両目の回収車の到着により引き上げられた。内部を調査した結果、照準装置は損傷していたものの、まだ主砲の射撃は可能であったことから、M1A1は主砲を装甲の方が上回ったということになる。その後、砲塔を付け替え、同車は再び戦場に復帰したとされる[13]。“

一見おかしい所がないように見えるかもしれませんが、怪しい記述だらけです。

⓵ 擱座したM1A1を破壊するため “2発の120mm砲弾が発射されたが、これは、一番頑丈な砲塔正面に命中したため、跳ね返されてしまった” とありますが...  M1戦車の乗員であれば砲塔正面部が一番堅牢であることなど常識であるのに、一体なぜ砲塔正面を撃ったのか見当もつきません。ただ、これについては「現実は小説より奇なり」という言葉のように、思いもよらないコトが事実である可能性も否定できません。

⓶ “比較的薄い後部を攻撃し貫通、砲塔内の弾薬庫を誘爆させることに成功したが、設計どおりに砲塔上面のブローオフパネルが吹き飛んで爆炎は車外に放出され、同時に自動消火システムが作動したため、乗員区画の破壊にも失敗した”という記述について。ブローオフパネルが作動し乗員区画が破壊されなかった、つまりこのとき弾薬ドアは閉まっていたという事になります。

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教範(FM 3-20.12)においても戦車を破棄する際は弾薬ドアを開けたままにしろ、との記述があります。それなら尚更「弾薬ドアが開いた状態でなければ乗員区画を焼損することができないという情報を乗員が知らなかった」という事に違和感を感じてしまいます。

また “自動消火システムが作動したため、乗員区画の破壊にも失敗した” とありますが、当時のM1エイブラムスが搭載するハロン1301を利用したAFES(自動消火装置)は弾薬の火災に対し完全に無力です。それどころか、弾薬区画には消火装置の類は一切装備されていません。

Wikipediaのソースを見るとこのエピソードのソースは「軍事研究」 2008年12月号とありますが、実際に私が読んだワケでは無いためこの話の出処は不明です。が、公式な資料においてこの事例を確認することはできませんでした。

これに一番近い事例としては、2003年のイラク侵攻におけるM1A1 “Cojone Eh”が行動不能になった際の破壊措置があります。

また、“高温の排気により市街戦などで歩兵が戦車の後ろに隠れられないといった欠点もある” という記述も事実とは言い難いのです。エンジンのスタートアップ時や加速時、戦闘アイドリング時の排気温度は500°C前後にのぼるため、後方に人員や可燃物を近づけることは禁じられていますが通常アイドリング時はこの限りではなく「暖を取れる」程度の熱しかありません。また、エンジン排気口は3つあるグリルのうち中央部(両脇はオイルクーラー)であるため、中央部に立たなければ一応安全といえます。また、排気口に専用のヒートデフレクターと呼ばれる部品を取り付ける事で、排気を上方に逃がすこともできます。

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高温の排気が欠点であることに変わりはありませんが、背後に兵が隠れることは理論的には可能なのです。

というわけで、一般的に知れ渡っているエイブラムスの逸話や特徴には誤っているものや真偽不明の怪しい情報も多いという話でした。

これらは、まとめサイトやTwitterで人から人へと拡散されるうちに「怪しげなエピソード」から「周知の事実」へと成長してしまっているのでしょうね。

ではまた。

<参考文献等>

・Fire Extinguishing Agents for Protection of Occupied Spaces in Military Ground Vehicles

・Final Technical Report Fires Experienced and Halon 1301 Fire Suppression Systems in Current Weapon Systems 1A/1 February 2003

・LABORATORY AND FIELD TESTING OF THE M1 EXHAUST DEFLECTOR WITH PINTLE SHIELD MARCH 1991, RD&E CENTER Technical Report No.13523

・TANK GUNNERY (ABRAMS) FM 3-20.12

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